単一運動と複合運動と日常の力学

 かのガリレオ・ガリレイは、その著書、新科学対話のなかで、物体の落下について論じている。もし、落下速度が物体の重さに依存すると仮定すれば、重い物体と軽い物体を紐でつないで落下させたとき、重い物体が速く落ちると考えても、軽い物体が速く落ちると考えても、矛盾した結果が生じることを示し、その矛盾は最初の仮定が間違っているからであり、落下速度は重さに関係なく同じでなければならないとした。背理法による、ガリレイの有名な思考実験である。実際、真空中でパチンコ玉と鳥の羽根を同じ高さから自由落下させれば同時に落ちる。

 空気の抵抗が無視できれば、落下速度は物体の質量に関係しないだけでなく、その形状にも依存しない。物体が、球、円柱、円筒のどれの場合も同時に落とせば地面に同時に落下する。さらに、それらの物体を回転させずに落としても、最初に回転を与えておいて落としても、重心運動は変わらず、やはり、同時に落下する。重心運動が回転運動に影響されることはなく、その逆もない。物体の重心運動と物体の回転運動とを連動させる力が存在しないからであり、この場合の重心運動も回転運動も単一運動である。

 しかし、球や円柱や円筒などが、その円対称軸を水平にして、同じ傾斜角の斜面を転がり落ちる場合、転がる速さは同じではない。→球と円柱と円筒の転がりレース(改訂版) 空中での落下とは異なり、転がり落ちる場合、速さが異なるのは、転がり運動が、重心運動と回転運動からなる複合運動だからである。二つの運動は斜面から受ける抗力によって連動している。最初、物体が持っていた位置エネルギーが、物体の重心運動と回転運動とにどのような比で配分されるかは、斜面から受ける抗力によって決まり、球と円柱と円筒の質量が等しくても、抗力はそれぞれの場合で異なり、エネルギーの配分比も異なる。

 円柱が斜面を転がる運動に運動法則を適用すると、運動方程式は重心運動と回転運動からなる連立方程式になり、二つの運動が斜面から受ける抗力によって連動していることは一目瞭然であろう。あとは数学を用いて仕事とエネルギーの関係式を導けば、抗力が重心運動に負の仕事をして回転運動に正の仕事をしていることも、これまた明らかである。古典力学はニュートンの運動法則がすべてである。そこに切り剥ぎして作った妖怪などが登場する隙間は微塵もない。→妖怪に牛耳られた力学教育 それとも138億年前の宇宙の誕生を説明できても、お爺さんが落としたおむすびが山の斜面を転がり落ちる理由は、現在の物理学では妖怪の仕業以外に考えられないと言うのだろうか。

 抗力は静力学における力のつり合いを説明するだけではない。地上で起きている日常の力学現象は、そのほとんどは地面から受ける抗力が寄与する複合運動である。道路を走る車も自転車も、公園のブランコも、散歩している人の運動も、抗力のする正と負の一対の仕事によつて、エンジンや人の筋力によって生み出されたエネルギーが重心運動に伝達されている。

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