広義の振り子とヨコ8の字運動

1.振り子

   図1 ブランコ

  

 図1のように、固定点から吊り下げられた通常の振り子では、おもりは固定点を中心とした円弧上を往復し、張力と重りの速度の向きは常に垂直だから張力と重りの変位との内積は0になり、張力は仕事をしない。

 おもりが固定点の真下を通過するとき、速さは最大になり、遠心力は一番大きくなるので、糸の張力の大きさは、往復運動の真ん中で最大、両端で最小になる。摩擦がなければ、おもりに働く力は、張力と保存力の重力だけだから、振り子の力学的エネルギーは一定に保たれる。

2.ボタフメイロ

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    図2 ボタフメイロの模型

 エネルギーが保存する通常の振り子では、その振れ幅は一定であるが、スペインの教会にはボタフメイロと呼ばれる振り子がある。実際のボタフメイロは数人がかりでロープを引っ張って振らせる巨大な振り子だが、ボタフメイロの模型として、図1のように滑車を用いた振り子を考えてみよう。滑車を通して、外部から振り子に周期的な力を加えて、振り子の運動を増幅させることができる。そのしくみについて考えてみよう。

 この場合、滑車の質量が充分小さければ、外力の大きさは振り子の糸の張力に等しく、外力の作用点を左右に動かすと、振り子の糸の長さが変化するので、糸の張力と重りの速度は垂直にならず、張力は仕事をすることができる。外力の作用点が右に動くとき、外力は正の仕事をし、左に動くとき、負の仕事をする。もし、張力の強さが一定であれば、正と負の仕事は打ち消し合い、外部の動力源である人の手は正味の仕事をすることはできない。しかし、張力は一定でないので、重りが滑車の真下を通過する付近で糸を引っ張り、振れの両端付近でゆるめると、正と負の仕事の絶対値は正の仕事のほうが大きくなるので振り子運動は増幅する。このとき重りは図2のようにヨコ8の字運動(∞字形運動)をすることになる。張力はおもりがヨコ8の字図形のAからBへ向かうときと、CからDに向かうとき、振り子の長さは短くなり正の仕事をし、DからAに向かうときとBからCに向かうとき、長さは長くなり負の仕事をする。ヨコ8の字運動には、おもりの運動方向により、次の図3のようなAとBの二つのパターンが存在する。おもりがパターンAのような運動をするように力を加えると、振り子が往復する間での張力がする正味の仕事は正になり振り子は増幅するが、パターンBでは、外力が正味の負の仕事をすることになり振れは小さくなる。

図3 ヨコ8運動の二つのパターン

 

3.ブランコ

図4 ブランコの重心運動

 ボタフメイロはエネルギーを供給する動力源が外部に存在する振り子とみなせるのに対し、ブランコは動力源が内部に存在する振り子と考えることができる。ブランコの振れを増幅させるには、図4のように、人は自らの重心がヨコ8の字運動のパターンAを描くように、体を屈伸させればよい。体を屈伸させるのは、人の筋力による仕事であるが、ブランコの揺れを増幅させているのは、ブランコの鎖の張力による仕事である。張力は人の屈伸運動に負の仕事をし、同時にブランコの揺れに正の仕事をしている。ブランコは人の変形運動と重心運動とが張力によって連動している複合運動であり、ブランコの張力は二つの運動に正と負の仕事を同時にすることによって、筋力によって得られた変形運動のエネルギーを重心運動に伝達させている。ブランコに力学的エネルギーを供給しているのは人の筋力であるが、人の筋力は人の変形運動に対して仕事をしているが、直接に重心運動に仕事をすることはできない。

4.バネ付き振り子

図5 バネ付き振り子

 ボタフメイロではエネルギーを生み出す動力源は外部に存在し、ブランコでは動力源は内部に存在するが、図5のような、バネ付き振り子にには動力源は存在しない。おもりに働く力は重力とバネの力であり、どちらも保存力であるから、重りは、重力とバネによってつくられた保存場のなかを運動するため、おもりの運動エネルギー、重力場の位置エネルギー、バネの変形エネルギーの三つの和は一定に保存される。しかし、おもりの描く軌跡は複雑な変化をする。

 実際の実験動画は→こちら だが、動画では、写真撮影の都合上、振動面は最初から決められている。図5では振動面が決まっていないので、バネと重りを吊るしている糸の長さを適当に調整して、おもりに上下振動を与えると、最初は上下運動だけでも、おもりは、一つの鉛直な平面を選択し、次の図6のように、その面内でヨコ8の字運動をし、その振動パターンにはAとBの両方のヨコ8の字運動が現れる。

図6 バネ付き振り子の厭離の軌跡

 初期条件として縦振動①を与えても、縦振動と横振動とが混じり、運動は②のようなヨコ8の字運動になり、ヨコ8の字の横幅が伸び、かわりに縦幅が縮み③となり、やがて振動は横揺れのみの④になる。しかし、横揺れにも、すぐに縦揺れが生じ、⑤になり、縦幅が増え横幅が縮み、⑥になり、再び縦揺れのみの①に戻って、最初の対称性を取り戻す。その後、再び同じ運動を繰り返す。しかし、新たな振動面は、最初の振動面とは無関係に決まり、振動面は予測できず、重りの運動は多重周期運動になる。

 ①から運動を始めると②や③の振動を経て横運動④になり、次に⑤や⑥を経て①に戻り、あとは同じ運動を繰り返す。①と④の間ではパターンAのヨコ8の字運動であり、④から①の間ではパターンBのヨコ8の字運動である。①の前後では横振動の位相が反転し、④の前後では縦振動の位相が反転する。①と④とで、おもりの縦振動と横振動の間でのエネルギーの移動の向きが反転するが、系の力学的エネルギーは保存される。

5.バネ付き振り子の極座標表示

図7 極座標

 図7のように極座標系を選び、おもりの座標を(r、θ)とする。バネ定数kのバネの自然長の長さと糸の長さの和をℓ、重りの質量をm、バネの張力をTとすると、バネ付き振り子の運動方程式は、次の(1)(2)(3)式からなる連立方程式で表される。

 運動方程式が非線形だから解析的に説くのは不可能だが、数値計算をするには、ℓの長さを変えながら動画をつくり、8の字運動をする最適なℓの長さを探せばよいだろう。ただし、糸が撓まないためにはT>0であるから、r>ℓである。

演習問題:バネ付き振り子のラグラジアンをつくり、オイラーの方程式から上記の運動方程式を導け。

ヒント:バネ付き振り子では、次式で表されるエネルギー保存則が成り立つ。

6.まとめ

 通常の振り子と、バネ付き振り子では、運動は初期条件だけで決まる。しかし、外部の動力源で運動するボタフメイロと、内部の動力源で運動するブランコでは、動力源は、単に周期的な力を加えるだけでなく、重心運動の変化に応じて力を加減している。ボタフメイロを振らせる寺院の僧侶は振り子の振れに合わせて綱を引き、ブランコに乗った子どもは、ブランコの振れに合わせて屈伸運動をして、そのエネルギーを効率よく振り子運動に伝えている。つまり、力を加えた結果生じた重心運動の結果が常に動力源にフィードバックされている。一方、バネ付き振り子ではℓの長さを適当な値に選べば、あとは重りを下に引っ張って振らせるだけで、図6のような運動が運動法則に従って自発的に生じる。

蛇足ながら: ブランコの仕事について一言

 抗力などの、作用点が動かない力、いわゆる束縛力は一切仕事をしないとする意見が物理関係学会に根強く存在するが、力学的根拠のない「俗説」に過ぎない。束縛力は力学的エネルギーを作り出すことはできないが、動力源がした仕事を系の各運動に配分するには抗力のする仕事が必要である。ブランコはその一つの例である。抗力が仕事をしても不都合なことは何も生じない。エネルギー保存側にも反しない。運動法則は作用点が動くか動かないかで力を区別していない。仕事の定義は運動法則ではないが、法則に準拠した定義でなければ定義する意味がない。熱力学での仕事の定義は、力と作用点の内積として定義されているが、力学での仕事の定義は、高校物理教科書でも、力と物体の変位との内積として定義されている。参考:物理教育学会に物申す

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