準天頂衛星が地表に描く投影図

1.はじめに 

 地球の中心と衛星の位置を繋ぐ直線が地表面を貫く点が描く図形、即ち、衛星位置の地表面への投影図について考えてみよう。地球の自転と衛星の公転の角速度が一致していれば、衛星の投影図は赤道上の一点になり、その点は動かないので、静止衛星になることは明らかである。しかし、自転と公転の角速度の大きさは一致しているが、角速度の向きが異なる衛星の投影図をイメージするのは難しい。さらに、赤道面から傾いている軌道面を、地球自転と同じ周期で楕円運動をする衛星の投影図は、また一段と難しくなる。地球の自転と同じ周期で公転する衛星は準天頂衛星と呼ばれるが、地球を完全な球とみなして、準天頂衛星の運動を、地球の自転と一緒に回転する座標系への変換を試みた。

2.静止衛星と準天頂衛星の力学
図1 万有引力と遠心力

 地球の自転と一緒に回転する座標系から見ると、赤道上空には、図1のように、万有引力と座標変換に伴う遠心力とが釣り合う位置Aが存在する。地球の中心OとAとの距離をRとすると、静止衛星を打ち上げることができるのは、半径Rの球面上の赤道上だけであり、半径Rの球面上に位置していても、赤道面上にないB点では、万有引力と遠心力とが釣り合わず、静止衛星にはなれない。では、回転座標系のAの位置に静止している衛星、つまり、静止衛星に赤道面に垂直な初速度を与えれば、衛星の運動は回転座標系上でどのような軌跡を描くだろうか。赤道面からのずれが僅かであれば、南北に単振動をすると考えられるが、振れが大きい場合には、万有引力と遠心力のほかにコリオリの力が働き、衛星には南北方向の力だけでなく東西方向の力が働くことになる。

3.天空に揺れる振り子
図2 準天頂衛星軌道

 図1のB点の衛星に働く万有引力と遠心力の合力は、北半球では南を向き、南半球では北を向き、赤道面上では0になり、天空を南北に往復運動する振り子になる。ただし、この天空の振り子には、振り子が振れているときは、万有引力と遠心力のほかに、にコリオリの力が働き、振り子の運動は経線方向の往復運動だけででなく、緯線方向にも往復運動が現れる。衛星が南北方向に、1往復する間に、コリオリの力の向きは、衛星の位置の南北が変わるときと、速度の向きが変わるときに逆向きに変わるので、コリオリの力の緯線方向成分は1周期の間に2回振動し、衛星の軌道は半径Rの球面上に8の字形のリサージュ図形を描く。それを地表に投影すれば図2になる。北半球では衛星の進行方向に対し右向きのコリオリの力を受け、8の字を右回りに回転し、南半球では左向きのコリオリの力を受け左回りに回転する。振り子が振れていない状態が静止衛星に相当する。

4.楕円軌道に打ち上げられた準静止衛星

 図2のような南北対称な8の字を描く準天頂衛星は、公転と自転の角速度は異なるが、その大きさは同じであるから、衛星の慣性系での軌道は、赤道面から傾いた円軌道であるが、それが楕円軌道の場合にも、公転周期が地球の自転周期に一致すれば、準天頂衛星である。

図3 非対称8字型
   図4 涙型

 図3や図4は、衛星の公転面が赤道面から傾いたうえ、さらに楕円軌道に打ち上げられた準天頂衛星の投影図である。この場合は、衛星の高度も変化し、衛星は同一球面上にはないので、回転座標系では、座標変換による、みかけの力は遠心力と水平運動に伴うコリオリの力のほかに、高度変化に伴うコリオリの力注1)も考えなければならないので複雑になるが、その場合も、投影図は図2の8の字型の変形として理解できよう。

5.おわりに

 人工衛星の投影図を作図するだけなら、今の時代、ソフトを使えば簡単に描けるのだから、それでよいではないか、慣性系から見れば、単純な円運動や楕円運動なのに、それを、わざわざ座標変換をして敢えて複雑に考える必要があるのか、そのような疑問が生じるのは当然だが、その問いには、「それが物理だ」と答えるほかなかろう。

注1)高度変化に伴うコリオリの力は、自由落下にも影響を及ぼし、落下地点がわずかに東にずれる。このとき、落下物が描く曲線をナイルの曲線と呼ばれている。

なお、図2,3,4は、いずれもJAXAのホームページから引用した図である。 

地上の振り子の紹介:準天頂衛星は、重りを支える支点も糸も存在せずに、天空に巨大な8の字を描く振り子として理解することができるが、地上にも、重りが鉛直面内に8の字を描く興味深い振り子が存在する。→広義の振り子とヨコ8の字運動 

演習問題1 準天頂衛星の周期を求めよ。 ヒント:静止衛星の周期に等しい

演習問題2 図3において、衛星が地球から一番遠ざかるのは8の字のどの位置か。 

コメント

  1. 原 宣一 より:

    地球への投影が8の字になる軌道は同期軌道と呼び、日本の上空に長くいるようにお結び型の軌道にしたものを順天頂衛星軌道と言っています。少しだけニュアンスが違いますが同期軌道の名称は昔からあった一般的なものだと思います。

  2. 原 宣一 より:

    確かNロケット4号機で打ち上げたETS-Ⅱが同期軌道でした。

    • 原 宣一 より:

      間違いました。ETS-Ⅱは静止衛星でした。

      • nobuyuki より:

        コメントありがとうございます。JAXA、国立天文台、NASAなどのホームページには、多くの面白い話題がありますが、その内容を中高生に分かるように説明できないかと悪戦苦闘しています。円軌道でも楕円軌道でも、地球の自転周期と衛星の公転周期とが一致していれば、静止衛星を含めて準天頂衛星はすべて同期軌道衛星と呼べると思います。それを分類すると、自転と公転の角速度の大きさもその方向も一致しているのが静止衛星、角速度の大きさは一致し方向が異なり、南北に対称な8の字を描く準天頂衛星、自転と公転の角速度の大きさも方向も異なり、、南北に非対称な図形を描く準天頂衛星の三種類になりますが、視点を変えて、同期軌道衛星の運動を、地球の自転と同じ角速度で回転する座標系に座標変換して、衛星の運動を振り子になぞらえて考えてみました。

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