1. はじめに
最近は、テニスコートでローラーを引く光景を見かけなくなったが、まだクレーコートが主流の時代には、テニスの練習は準備体操も兼ねて、まず、ローラーを引いてコートの地ならしをすることから始まった。テニスコートのローラーは図1のように、重たい円柱の中心軸に鉄製の取手をつけただけの簡単な構造であり、人が取手を引いて、コート上を転がしていた。
ローラーを引けば人は当然疲労する。筋力が仕事をするからであるが、その仕事の直接の対象はローラーの運動に対してではなく、人自身の変形運動に対してである。筋力の仕事によって人体の変形運動が得たエネルギーはどのようにしてローラーの運動エネルギーに伝達されるのだろうか。
ここでローラーの半径をr、質量をM、慣性モーメントをI としよう。ローラーの取手の質量は無視できるとし、取手に力Tを加えて引いたとき、ローラーは重心の速度v 、回転の角速度ωで滑らずにコート面を転がるとしよう。
2. 運動の分解と仕事の連鎖
まず、ローラーの運動から考えてみよう。一般に剛体の運動はその並進運動と、重心の周りの回転運動に分解できる。
①ローラーの回転運動
ローラーを引く力T はローラーの中心軸に働くので、中心軸に関しての力のモーメントを作らないので、ローラーの回転運動に寄与しない。ローラーが回転するには、ローラーは道路から後ろ向きの力を受けなければならない。この力の大きさををf とすると、ローラーの回転の運動方程式は、
となる。回転運動に対する仕事は、力のモーメントと回転した角度の積であるから、(1-1)式に微小時間間隔dt の間にローラーが時計回りに回転した角度dθ =ωdt をかけ、さらに、重心の変位dx とすると、ローラーが滑らないためには、dx =rdθ でなければならないので、
となる。(1-2)式は(1-1)から、単に式の変形だけで数学的に導かれるので、(1-1)が正しければ、(1-2)も正しい。逆に、(1-2)を誤りとするなら、(1-1)も誤りになる。 水平抗力f は、道路とローラーの間の摩擦に起因するが、ローラーが滑らなければ、f はローラーがコート面から受ける静止摩擦力であるから、そ の作用点は動かない。
(1-2)式は、水平抗力f がローラーの回転運動に仕事fdx をして回転のエネルギーが増加することを示しているが、作用点の動かない抗力が仕事をするとすれば、(1-2)式の右辺のエネルギーの増し分は何処から来るのかという疑問が生じる。
②ローラーの並進運動
ローラーの回転運動に寄与しない力T もローラーの並進運動(重心運動)には、f とともに寄与する。つまり、ローラーは前向きの力T と、道路から後ろ向きの力f を受け速度v で動くから、ローラーの並進運動(重心運動)の運動方程式は、
となり、(1-1)から(1-2)を導いたのと同様に、(2-1)から数学的に次式が導かれる。
(2-2)式は、力T がローラーの並進運動に正の仕事をし、抗力f は並進運動に負の仕事をしていることを示している。抗力f は、 ローラーの並進運動に負の仕事をすることによって、 回転運動に仕事をするためのエネルギーを、 並進運動から調達していたのである。 抗力f はローラーの回転運動にする正の仕事と、並進運動にする負の仕事とを、同時に行うので、作用点が動かなくても仕事をすることができる。
(1-2)と(2-2)を加えると、
となる。(2-3)式の右辺はローラー全体の運動エネルギーの増分であるから、結果的に外力T がローラーの全体運動(並進運動+回転運動)に仕事Tdxをしていることになる。コートからの水平抗力f は、ローラーの全体運動に対しては正と負の仕事を同時にしているので、式(2-3)には現れない。
(2-3)式を導くのに、回転の運動方程式(1-1)と並進運動の方程式(2-1)から、先に水平抗力f を消去したあとdx を両辺に掛けても導かれるが、結果は同じでも、それでは水平抗力の果たす役割が分からなくなる。抗力f は並進運動に負の仕事をして、つまり、並進運動からエネルギーをもらって、回転運動に仕事をしていると考えれば並進運動から回転運動へのエネルギーの伝達が明快になる。
(2-3)式におけるdxはローラーの重心の移動距離であるとともに、力T の作用点の移動距離でもある。(2-2)式が、ローラーの並進運動に対する仕事が外力と重心の移動距離との積であるのに対し、(2-3)式はローラー全体の運動にする仕事は外力とその作用点の変位との積であることを示している。
以上はローラーを一つの系とし、力T を、外力として扱ったが、次に図2のように、ローラーを引いている人を一つの系と考え、その運動を考えてみよう。
③人の並進運動
図2において、人に働く外力は、人の両足がコート面から前向きに受ける水平抗力F と、 人がローラーを引く力 の反作用力 -T であるから、 人の質量をm とすると、その並進運動の運動方程式は、
であり、さらに仕事とエネルギー増分との関係は、
である。 (3-2)式から 人の並進運動に 抗力F が正の仕事をし、取手の張力T が負の仕事をしていることが分かる。つまり、取手の張力も人の並進運動に負の仕事をすることによってローラーの並進運動に正の仕事をしていたのである。(2-2)と(3-2)を加えると、
となる。(3-3)の右辺はローラーと人からなる系の並進運動の増し分である。つまり、系の並進運動に仕事をするのは、系に働く外力のみであり、この場合はコートから受ける二つの水平抗力だけである。内力であるT も正と負の仕事をするので(3-3)には現れない。これに(1-2)を加えると、
となる。(3-4)式は、人の足に働く力F が、図3のように、系全体の並進運動とローラーの回転運動に仕事をしていることになる。
しかし、これでローラー引きの力学が完結したのではない。まだ、人の変形運動に筋力のする仕事と、同じく人の変形運動に抗力Fがする負の仕事を議論していない。
④人の変形運動
道路から人の両足に働く抗力F は、人体の変形運動を妨げている。つまり、F は人体の変形運動に負の仕事をするとともに、(3-4)式で示される正の仕事をしている。筋力が人体の変形運動にする仕事を dW 、そのうち、熱として失われるエネルギーをdQ 、変形運動の運動エネルギーの増分dE とすると、
と表される。(3-4)と(4‐1)より、
となる。(4-2)式の右辺第一項はローラーと人からなる系の全てのエネルギーの増分、第二項は人体の変形運動によって発生する熱量であり、(4-2)は系に関するエネルギー保存則を表している。
(4-2)式のみを見る限り、左辺は筋力がした仕事であり、抗力のする仕事は現れない。しかし、(4-2)式を導く過程において、抗力が同時にする正と負の一対の仕事が重要となる。結果的には(4-2)式から筋力が全ての運動に仕事をすることになるが、筋力が直接仕事をするのは人の変形運動に対してである。
筋力が変形運動に仕事をすると、抗力F は変形運動に負の仕事をすると同時に人の並進運動に正の仕事をする。ローラーの取手の張力T は人の並進運動に負の仕事をすると同時にローラーの並進運動に正の仕事をする。抗力f がローラーの並進運動に負の仕事をすると同時にローラーの回転運動に正の仕事をする。
ニュートンの運動法則の導くままに、運動方程式をつくり、その数式を辿れば、筋力のする仕事によって生み出された力学的エネルギーが④→③→②→①と配分されることが分かる。このとき、抗力はエネルギーを生み出すことはないが、正と負の仕事を同時行うことによって、エネルギーの受け渡しの役目をしている。
3. ガラス窓の虫
「虫は窓から逃げようとして、何度もくりかえしくりかえしガラスにぶつかり、自分がもと入ってきた開いている隣の窓からでようとはしない。人間はもっと賢明に行動しうるか、あるいは少なくとも賢明に行動できるはずである。人間がすぐれているのは直接にはこえ難い障害物を迂回することを知っているということである。」ポリア(柿内訳:≪いかにして問題をとくか≫
大学の物理学科に入学したとき、最初の物理学の授業で使用された教科書は、柿内賢信著「物理学」丸善株式会社(1959年)であった。上記は、その本の第一章(道具と文字)の冒頭に 引用されていた 一文である。
しかし、人間とてそれほど賢いとは思えない。あらかじめ迂回路を知っていなければ、やはり虫と同じく、最初はガラスに衝突することもあろう。虫と違うところは、失敗しても、試行錯誤によって学習し、最適の迂回路を探そうと努力することではないだろうか。
4. 古典力学の道しるベ
虫の話から、半世紀以上が過ぎ、今回奇しくも、抗力が仕事をすることはないと主張する一部の物理関係者と論争する羽目となった。仕事とエネルギーの伝達について、どちらも、出口に通じる迂回路を探している点では同じだが、異なる点は、迷路からの出口を探すのに何を道しるべにしているかであろう。
その道しるべは、すでにニュートンによって確立され三つの運動法則として与えられている。道しるべを辿って進めば出口は自ずから見つかる。正しい道しるべを無視し、作用点が動かなければ力は仕事をしないという誤った道しるべに惑わされてはならない。
ニュートンの運動法則のいずれも、抗力を他の外力と区別していない。また抗力のする仕事を禁じてはいない。運動方程式から自然に導かれる「抗力のする正負同時一対の仕事」からエネルギーの流れが矛盾なく説明できる。抗力は作用点が動かないので、いかなる場合も、仕事をすることはあり得ないとする固定観念に囚われては、いつまでも出口を見つけられずに窓ガラスにぶつかっている虫と同じであろう。
コメント
以前に重力装置でお世話になった中澤です。
前回は大変厳しい評価をいただきましたが、引き続きエネルギーの創生を考えております。
今回は「多軌道による重力回転装置」を提案します。
これは、適量の水を封入したパイプをたくさん円盤に設置することで成功します。そう断定するのは、ごく当たり前な理屈だけで構成しているからです。ここでは力のやり取りといった法則は無視できます。
石油に代わる将来のエネエルギーに関心がおありなら、
私の意見も参考にしながら、最適の迂回路を探して欲しいものです。
https://nakaei.at.webry.info/201904/article_1.html