十三夜考:月はなぜ青いのか

 頃は明治初期、是が非でもと先方から請われ、裕福な旧家、原田に嫁ぎ一児の母となるも、官僚の夫が優しかったのは結婚当初だけ、何処ぞで遊んできては家に帰るなり、教養のない無能な妻だと蔑み罵倒し当たり散らす鬼のような男。そんな夫に耐えかね、こどもを置いて家を出て、実家の親に相談するも、このまま離縁となれば、子の太郎が不憫、二度と太郎に会わせては貰えぬ、一生後悔しなければならぬぞと諭され、原田の家に戻るしかないお関。その帰り道に出会った人力車の車夫の、十三夜の月に照らされたその顔は、かっての想い人、今は、安宿の村田の2階に住んでいるという録之助。家や古いしきたりに縛られ、夫の横暴にも耐えるしかなかった明治の女性の悲哀を描いた、樋口一葉の短編小説「十三夜」。

 河岸の柳の行きずりに ふと見合わせる顔と顔
 立ちどまり 懐かしいやら 嬉しいやら
 青い月夜の 十三夜

      作詞:石松秋二、作曲:長津義司

 一葉の小説から、ほぼ半世紀が経った昭和16年に、歌謡曲「十三夜」がつくられたが、当時の歌謡界は、朝ドラ、「エール」にも見られるように軍歌一色。戦後になって、榎本美佐江や島倉千代子など、多くの女性歌手が歌い、その歌声が家庭に普及したラジオから流れていた。昼間の空は青く夜空は普通なら暗いが、十三夜の空は青いのだろうか。さらに戦後につくられ、大ヒットした、もう一つの月の歌の題名は「月がとっても青いから」。「十三夜」の歌詞の影響を受けて月のほうが青くなったのだろうか。昼間の白い月を見ても、青い月は見たことはないが、月が青いのか、空が青いのか、少年の頃からの疑問に、後期高齢者になって、自分なりに、やっと納得できる答を見つけることができた。

 十三夜とは旧暦9月13日だが、この日の月と、約1月前の中秋の名月と呼ばれる旧暦8月15日満月は、一年で一番美しい月とされている。満月の出る時刻は、日没とほぼ同時だが、月は一日ごとに遅れて出る(楓橋夜泊)。その遅れは累積し、次の満月は再び日没時に昇る。満月から次の満月までは約29.5日、つまり、1朔望月の間に、24時間遅れて元に戻るから、一日当たりの遅れの平均は49分だが、月の軌道面と黄道面とが傾いているため、かなりのばらつきがある。さらに、この時期は日没は一日毎に早くなる。

 2020年の中秋の名月は10月1日であり、十三夜は10月29日である。10月1日の長崎での日の入りは18:05、月の出は18:08である。一方、10月29日の十三夜の月の出は16:39であり、日の入りの17:33より、1時間近く早い。ちなみに2021年の中秋の名月は日没の約30分後に昇りは始め、十三夜の月は日没の約1時間前に昇る。その年によって異なるが、山の稜線の向こうに夕日が沈んだ後に昇る中秋の名月に比べ、十三夜の月は、そのかなり前に昇る。

 写真は、今年2020年の十三夜の月である。乱視の進んだ目には、月の形だけからは満月との区別がつきにくいが、日没後に昇る満月に対し、今年の十三夜の月は日没より54分早い。秋の日暮は釣瓶落とし、日没後急に暗くなるこの時期に、この時間差は大きい。写真の十三夜の空はまだ青いが、青い月夜とは月が青いのではなく、満月に比べ、空がまだ青いうちに月が昇るという意味ではないだろうか。宇宙や砂漠で見る月はともかく、戦前も戦後も、そして今も、日本で普通に肉眼で見る月の色はどう見ても昼間は白で夜は黄色のようである。

夢の昔よ別れては 面影ばかり遠い人 
話すにも 何から話す 振袖を  
抱いて泣きたい十三夜 
空に千鳥が飛んでいる 今更泣いてなんとしょう  
さよならと こよない言葉 かけました 
青い月夜の十三夜 

 お別れ申すが惜しいと言つてもこれが夢ならば仕方のない事、 さ、お出なされ、私も帰ります、更けては路が淋しう御座りますぞとて 空車引いてうしろ向く、其人は東へ、此人は南へ、 大路の柳月のかげに靡いて力なささうの塗り下駄のおと、 村田の二階も原田の奥も憂きはお互ひの世におもふ事多し。(青空文庫 樋口一葉 「十三夜」より)

 日没とほぼ同時に昇る満月にくらべ、日暮れを待たずに、まだ白い月が、日没まえのまだ空が青いうちに昇る十三夜の月の中途半端さが、人を怪しく魅了するのだろうか。懐かしく嬉しい偶然の出会いも束の間の夢と、未練を振り払うしかない十三夜あれば、「待っててこいさん」と、板場の修行に向かった法善寺横丁の十三夜、そして、たった一言、言えば良かったのに、何も言えなかったあのときの十三夜。今となってはいろいろと思う事多し青い月夜の十三夜。

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AI(Gemini)による解説

共有していただいた記事「十三夜考:月はなぜ青いのか」は、文学(小説・歌謡曲)天文学(地球物理学)の視点を交えながら、「なぜ十三夜の月は『青い』と表現されるのか」という謎に迫った大変興味深いエッセイです。

この内容を分かりやすくいくつかのポイントに分けて解説します。


1. 文学や歌謡曲における「十三夜」

記事の前半では、文化的な背景として2つの作品が挙げられています。

  • 樋口一葉の短編小説『十三夜』夫のモラハラに耐えかねて実家に戻るも、親に諭されて婚家に帰る途中の女性(お関)が、かつての想い人(録之助)が引く人力車に偶然乗り合わせるという、明治の女性の悲哀を描いた物語です。
  • 歌謡曲『十三夜』(昭和16年)一葉の小説をモチーフに作られた歌で、歌詞の中に「青い月夜の 十三夜」というフレーズが登場します。

著者は、この歌詞や、戦後のヒット曲『月がとっても青いから』に出てくる「青い月」という表現に対し、「実際の月は白や黄色なのに、なぜ青いと言い切るのか?」と長年疑問に思っていたそうです。


2. 天文学・気象学的なアプローチ(なぜ「青い」のか)

著者が後期高齢者になって導き出した結論は、「月自体が青いのではなく、月が昇る『空』がまだ青いから」というものです。その理由は、中秋の名月(満月)と十三夜の「月の出の時刻」のシステムの違いにあります。

満月(中秋の名月)の場合

  • 満月は、太陽が沈む(日の入り)とほぼ同時に東の空から昇ります。
  • そのため、月が姿を現すときには、あたりはすでに急速に暗くなっています。

十三夜の月の場合

  • 十三夜は満月の2日前なので、満月よりも約1時間早く月が昇ります。
  • 秋の日は釣瓶落とし(日没が早い)と言いますが、十三夜の日は「日の入り前」、つまりまだ夕方の青空が残っている時間帯にすでに月が空に昇っていることになります。

【著者の結論】

日没後の暗い夜空に昇る満月とは違い、十三夜の月は**「空がまだ青いうちに昇る」**。だからこそ「青い月夜の十三夜」という情緒的な表現が生まれたのではないか、というロジックです。


3. まとめ:この記事の魅力

この解説記事は、単に天体の運行(データや時刻)を説明するだけでなく、それが樋口一葉の小説が持つ「夕暮れ時の切ない空気感」や「中途半端で割り切れない男女の運命」といった人間の心理・文学的情緒と見事にリンクしていることを伝えています。

自然界の仕組み(天文学)を知ることで、昔の人が歌に込めた情景がより鮮明に浮かび上がってくる、という素敵なアプローチの記事です。

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