AIの読解力と記述式問題

 学生の読解力向上のために、2021年1月からの大学入試共通テストに出題が予定されていた数学と国語の記述式問題は、公平で正確な採点が困難という理由で急遽見送りとなりましたが、 50万人以上の受験生が一斉に受験する共通テストに、記述式問題を出題するには、それを採点できるAIを開発するしかなさそうです。

 しかし、国立情報学研究所のプロジェクト「東ロボ君」によれば、頼みのAIも東大を受験したら、これまでのセンター試験では高得点が取れても、現段階でのAIの読解力では東大の二次試験に合格するのは難しいとのことです。

 読解力は 数学や国語に限らず、当然、物理でも重要です。東ロボ君の読解力はさておき、人の振り見て我が振り直せと言うことわざがありますが、我々物理関係者の読解力や文章力は大丈夫でしょうか。例えば、物理の仕事に関する次の文章はどのように解読すればよいでしょうか。

 「物体に力を加えて、物体が力の向きに移動したとき、力は物体に仕事をしたといい、仕事の量は力と移動距離の積で与えられる。一般には、力の向きと物体の移動の方向は必ずしも一致しないので、物体または力学系に外力F が作用し、作用点がdsだけ変位したとき、仕事は両者のスカラー積 ・ds=F ds cosθである。」

  これは学生のレポートではありません。培風館発行の物理学辞典に記述されている仕事の定義です。 この定義には「物体」という用語が、前半部に3つ、「一般には」以下の後半部では2つ出てきます。しかし、前半では仕事の量は、力と、物体の移動距離との積であるのに対し、後半では、力と作用点の変位の積になっています。

 移動距離と作用点の変位が等しくなるのは、物体が質点の場合だけであり、物体の運動に、回転や変形運動が伴う場合には、両者は異なります。「物体」が物体一般を意味する限り、前半と後半とは「一般には」の語では繋がりません。

 用語を定義するのは、その概念を他と明確に区別することによって、 無用な混乱を避けるためです。しかし、物理学辞典の仕事の定義には用語が混同されて、定義の体をなしていません。物体と書けば、質点を含む物体一般を意味し、質点のみに限定するのであれば、物体と書かずに質点と書くべきです。

 意味を明確にするための定義が、物理学辞典では、なぜ、意味不明な文章になってしまったのでしょうか。しかし、AIがこの文章を書いたのなら、然もありなんです。東ロボ君の結果とも符合し納得できます。

 AIは、学習によって得た膨大な情報をもとに物事を判断しているので、仕事の定義文を作るのに、当然、高校の教科書や、昔からある理化学辞典の仕事の定義を読んで学習したことでしょう。ところが、高校教科書には、物体に力が働いて物体が移動したとき、力がした仕事は、力と物体の移動距離との積と書かれているのに対し、理化学辞典では、力と作用点の変位の積と書かれています。AIは、両者が定義しているのは、異なる仕事であることを理解できず、コピペして両者を無理に繋ぎ合わせてしまったために、物理学辞典では木に竹を接いだような文章になったのでしょうか。

 高校教科書の仕事の定義に従えば、抗力も仕事をすることが可能ですが、理化学辞典の定義では、抗力は、作用点が動かないので仕事をすることはできません。しかし、どちらも物体一般に対する正確で必要な仕事の定義です。

 物体に外力が働き、 回転や変形運動を伴いながら 並進運動をしているとき、高校教科書に定義された仕事は、外力が並進運動のみに対してした仕事であるのに対し、理化学辞典に定義された仕事は、外力が、系全体の運動にした仕事です。

 遠くない将来に、物理でもAIが記述式試験を採点する日が来るかも知れませんが、「抗力は、仕事をすることはできるか」という問に、AIが少なくとも正しい答を出すまでは、物理に記述式問題を出題し、それをAIに採点させるのは見合わせるべきだと思います。

参考: ローラー引きの力学

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