コイルトレインの原理としくみ

コイルの中を走る列車コイルトレインという面白いおもちゃがある。電磁気学に関する教材として極めて有用であるので、その原理について考えてみよう。

1.一様な電界の中に置かれた電荷に働く力
図1 一様な電界のなかの点電荷

 まず、図1のように、一様な右向きの電界中に置かれた正の点電荷には電界と同じ向きの力が働き、右向きの加速度運動をする。それに対し負電荷は電界と反対向きの力を受け、左向きに加速度運動をする。

 ここで、電界の代わりに磁界を考え、電荷のかわりに磁荷を考えよう。現実には存在しないが、単極の磁荷が存在するとして、一様磁界中に置かれたN磁荷やS磁荷にはどのような力が働くだろうか。電界中の電荷とのアナロジーからすれば、N磁荷には磁界の向きに力が働き、S磁荷には磁界と逆向きの力が働き、その力の大きさは磁界の強さに比例すると考えられる。

 次に磁界中の磁石はどのような力を受けるだろうか。磁石は磁気双極子であり、磁石のN極とS極にはそれぞれN磁荷とS磁荷とが存在すると考えることができる。

 電荷や磁荷がスカラー量(ただし、磁荷は擬スカラー)であるのに対し、磁気双極子は向きを持ちベクトルで表され、その向きはS極からN極への向きとして定義されている。一様な磁界であれば、磁気双極子には力のモーメントが働き回転することはあっても、その重心は動かない。一様な磁界のなかでは二つの磁極が互いに逆向きの同じ強さの力を受けるからである。しかし、磁界の強さが一様でない場合には事情は異なる。

2. 一様でない磁界から磁気双極子が受ける力 
図2 磁界中の磁石に働く力

 磁石の向きは変わらないように固定されているとして、図2のように一様でない磁界中の磁石に働く力を考えてみよう。図2の磁界は右向きであるので磁石のN極のN磁荷は右向きの力を受けるが、S極のS磁荷は磁界の向きと逆向きの左向きの力を受ける。磁石のNとSは互いに逆向きに引っ張られるが、外部磁界の強さは、S極の位置では強く、N極の位置では弱くなっているので、S極に働く力が勝り、磁石には左向きに力が働く。

 これを小中学生にどのように説明すればよいだろうか。図2のように外部磁界の強さが左にいくほど強くなるのは、図には描かれていないが外部磁界をつくる磁石のN極が磁石の左すぐにあり、外部磁界のS極は磁石の右遠くに離れていることになる。よつて左方向の引力が勝り、磁石全体は左方向に力を受けると考えてもよいだろう。磁石の向きが図2と逆向きであれば、S極もN極も外部磁界の磁極から斥力を受けるが、N極が右方向に受ける斥力が勝り、磁石全体は右方向に力を受ける。しかし、一様な磁界のなかに置かれた磁石は、外部磁界のN極とS極とがどの方向にあるかは分かるが、どちらの極が近くにあるかは分からない。

3. コイルトレインの仕組み 
図3 コイルの中を走る「列車」

 コイルトレインは鉄道の線路に相当する絶縁されてない裸の銅線で作られた長いコイルと、その中を走る図3のように乾電池と二個のネオジム磁石でできたトレインからなっている。トレインの前後の磁石は裸線のコイルと接触しコイルに電流が流れ、トレインの近くにだけ磁界を作る。コイルが作る外部磁界の様子をスケッチすると図4のようになると考えられる。

図4 磁界中のトレインに働く力

 ここで注意すべきは図中の磁力線は二つの磁石がつくる磁力線ではなく、コイルがつくる外部磁界の磁力線である。外部磁界は二つの磁石で挟まれる領域では強いが外側になると急激に弱くなる。二つの磁石(磁気双極子)の向きは互いに逆向きであり、二つの磁石が受ける外部磁界の強さの勾配も逆向きだから、二つの磁石は同じ向きの力を受ける。つまり、コイルの作る磁界の強さはトレインの先頭と後尾で大きく変化し、その箇所に二つの磁石が存在し、二つの磁石の向きが互いに逆向きでなければならない。

 トレインの運動エネルギーは電池から補給されるが、やがて電池のエネルーを使い果たしたとき、長いコイルの両端を外部の電源に繋いでコイル全体に電流を流しても、コイルの中には一様な磁界しかできないのでトレインは動かない。

 この実験を最初に見たとき、モノポールの模型だと思ってしまったが、そうではなかった。モノポールの模型であるためには、一様な磁界中でも磁界が存在する限り、トレインはコイル中を走らなければならないからである。

 トレインの前後につける磁石の向きは互いに逆向きに着けなければならないが、片方だけの磁石でも動く。ただし、磁石は電流を流すブラシの役割もしているので、片方だけの場合は、もう一方の片方にブラシの役割をする金属を付けなければならない。片方の磁石だけでも、それが外部磁場の変化が大きい場所にあれば力を受けてトレインは動く。

 コイルトレインを動かす力は、非一様な磁界のなかで磁石が受ける力である。そして、非一様な磁界のなかで磁石が受ける力を説明するには、図2のように磁石の両極にNとSの磁荷が存在すると考えるのが分かり易いだろう。

4. コイルトレインに働く反作用力

 図4では、コイル電流がつくる磁界の中で磁石が磁界から受ける力を考えたが、ここで発想を転換して、トレインの磁石が磁界をつくり、その中を流れる電流が磁石がつくる外部磁界から力を受け、その反作用力として、トレインに推進力が生まれると考えれば、磁荷の考えをを使わなくても済む。電流がつくる磁界のなかの磁石と考えるか、磁石がつくる磁界のなかの電流と考えるかの違いである。

 その場合の磁石が作る磁力線の図を正確に描くのは少々面倒だが、模式的な図を描くと次の図5のようになろう。

図5 磁石が作る磁力線の模式図

 図5において磁石が作る磁界は、コイルに電流が流れている領域(赤い部分)では、コイルの外側から内部に貫くからコイルには右向きの力が働き、その反作用として、トレインには左向きの力が働くことになる。この場合もコイル全体に電流を流すと、コイルを貫く磁力線は、内側に向かって貫く磁力線の数と外側に向かって貫く磁力線の数が等しくなるのでコイルに働く力は釣り合い、トレインも動かない。

 コイル電流がつくる磁界が磁石に力を及ぼすと考えても、磁石がつくる機会がコイルを流れる電流に力を及ぼし、その反作用でトレインが動くと考えても矛盾は生じない。それは電磁気学でも作用反作用の法則が成り立つことを示していよう。

5. EB対応とEH対応

 筆者が大学で電磁気学を学んだときEH対応からEB対応への移行期だったようである。単位系も、物理の授業ではcgs静電単位系、電磁気学ではMKSA単位系、磁界を創り出すのは磁荷ではなく電流となり、戸惑ったものである。

 コイルトレインをどう説明するのが、一番わかり分かり易いかは、説明する相手が小中学生か高校生か大学生か一般かで異なろう。EB対応の最近の電磁気学では、ほとんど登場することがなくなった磁荷を用いた説明も相手によっては解かり易いのではないだろうか。コイルトレイン! 電磁気学についていろいろと考えさせる面白いしくみであることには、小学生にも大学生にも変わりはないようである。

コメント

  1. 熊谷雄一 より:

    全体的に分かりやすい説明と感じました。誤解しやすい点ですが、

    >長いコイルの両端に外部の電源に繋いでコイル全体に電流を流しても、コイルの中には一様な磁界しかできない・・、とあります。

    どの程度長いかが問題です。一様な磁界は、正確には無限長コイルのみです。この場合はご指摘どおり推進力は発生しません。でも、電池を磁石で挟んだ距離よりも通電コイルが少々長くても、磁石に推進力が作用するのでは。有限長のコイルであれば、通電コイル銅線と鎖交する、磁石からの磁束ベクトルの総和がゼロでなければ、磁石には程度の差こそあれ、推力が発生すると思いますが。ある方は、対向磁石の外側の磁極から集電すると推進力はゼロだ思っている人もいるようなので。

    • nobuyuki より:

      熊谷雄一様 
      コメントありがとうございます。通電範囲が少々長くても推進力はあると思いますが、磁石はブラシの役目をしていますので、その摩擦力との比較になると思います。一番、最適な条件は、コイルの磁界が広がるコイル磁界の端と、内部のネオジウム磁石の位置とが一致することだと思います。

      • 熊谷雄一 より:

        了解しました。あと、 磁石の表現についてですが コイルトレインは単極モーターの変形ではないかと思います。確かに モノポール磁石は現実に存在しませんが、回転や並進運動を継続可能とするという事実は、モノポールの特徴かと思います。 図の説明で、同じ極を対向させた磁石間の影響が最も大きいので、 並進運動が可能になります。それで、そのエリアに限定すれば、あたかも 疑似的なモノポールのように振る舞っていることが理解できると思います。

        • nobuyuki より:

          熊谷雄一様 説明に4.を加えました。コイルトレインでは動くのはトレインの両端の磁石がコイル電流がつくる磁界から力を受けて動き、単極モーターは、逆に磁石がつくる磁界によって銅線を流れる電流が力を受けて銅線が回転するのですが、コイルトレインも、磁石が作る磁界の中でコイル電流が力を受け、その反作用で磁石が動くと考えることができるので、コイルトレインと単極モーターはご指摘のように同じ原理だと思います。単極モーターについてはもう少し考えてみます。

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