運動と仕事

 抗力は仕事をするかしないか、仕事の定義はなにか、そもそも定義する意義はなにかについて3年間に亘り、物理学会、物理学会誌や、学会メーリングリスト、さらに本ホームページで議論してきたが、そのなかでの筆者の主張の要点を以下にまとめてみた。

1. 力学の基礎はニュートンの三つの運動法則である

 もし、これに異論があれば、先には進めない。

2. 運動法則は力を区別しない

 運動法則には、どちらが作用力で、どちらが反作用力かの区別はない。さらに、運動法則は、通常の力(作用点が動きうる力)と、束縛力や抗力(作用点が動かない力)とを区別しない。

3. 剛体の運動は、並進運動と重心の周りの回転運動に分離できる

 質点系の力学に運動法則を適用すれば、剛体の運動は並進運動と、重心のまわりの回転運動に分離でき、それぞれの運動に対する運動方程式が作られる。

4. 剛体では並進と回転のそれぞれの運動に仕事が定義できる 

 並進運動に対する仕事は、外力と重心の移動距離との内積であり、回転運動に対する仕事は、重心の周りの外力のモーメントと回転した角の積である。

5. 高校物理での定義は、力が物体の並進運動にする仕事である

 高校物理教科書での仕事の定義は、力と物体の移動距離の積として定義されている。これは、物体を質点の場合に限定しているのではなく、物体が質点であれ、剛体であれ、さらに変形体であれ、物体一般に対し、力が物体の並進運動にする仕事の定義である。

6. 理化学辞典の定義は、物体全体に対する仕事の定義である

 高校教科書の定義とは異なり、理化学辞典では、仕事は、力と力の作用点の変位との積として定義されている。これは、物体が質点であれ、剛体であれ、変形体であれ、力が、物体や系の全体にする仕事の定義である。

7. 抗力のする仕事

 作用点の動かない抗力は、系全体に対しては仕事をすることはできないので、系のエネルギーを増加させることはできないが、物体の、個別的な運動に仕事をすることはできる。抗力が仕事をする場合、正の仕事と負の仕事とが同時に現れるので、抗力が仕事をしてもエネルギー保存則には反しない。 

8. 熱力学における仕事

 ニュートンの運動法則を基本原理とせず、系のエネルギーの保存則を基本原理とする熱力学では、理化学辞典で定義された仕事が必要となる。しかし、これを唯一の仕事だとして、力学現象に適用すると、全体のエネルギーの増減しか分からないドンブリ勘定となる。

9. 定義することの意義

 力学以前の問題だが、ことばを定義するのは無用な混乱を避けるために、他のことばと明確に区別するためにある。難しく定義しても易しく定義しても力の作用点の変位と物体の移動距離が同じになるのは物体が質点の場合だけであり、一般には同じではない。 高校教科書の仕事の定義と理化学辞典の定義とが異なることに対して、物理教育関係者の大方の意見は、前者は後者の記述を分かり易く記述したのであり、正確な唯一の仕事の定義は理化学辞典の定義だとのことのようだが、もし、それが正しいとするなら、教科書の仕事の記述も理化学辞典の記述に合わせるべきである。理化学辞典の記述が高校生の国語力にとって難しすぎるとは思えない。

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