「ツマデキタ」から60年

 60回目の結婚記念日を迎えた長寿夫婦の話ではありません。60年前に聞いたジョークです。今なら日帰りできる東京も、当時は今の外国よりも遠かった、そんな時代の話です。
 東京の大学で学んでいる九州出身の苦学生は久しぶりに実家に帰ることにしました。ところが、途中、三重県の津市まで来たところでお金がなくなり、送金してもらおうと親宛てに電報を打ちますが、両親は息子から届いた電文を読むなり、かんかんになって怒ります。「親に何の相談もなしに、しかも、まだ学生の分際で」と。無理もありません。電報には「ツマデキタカネオクレ」と書かれていたのです。
 小学5年のとき、社会科の授業時間に担任の先生がこの小話を教えてくれたのですが、今の小学生には、いくつか注釈を付けないと通じないでしょう。まず、苦学生という言葉は今ではすっかり死語になったようです。アルバイトする学生は、むしろ、昔より今の方が多いようですが、今の学生のアルバイトは、大部分は旅行や遊ぶ金を稼ぐためではないでしょうか。
 携帯やテレビ電話など通信手段が発達した現在では、電報は祝電や弔電以外に使われることはまずなくなりましたが、当時、緊急の用件は電報で知らせていました。そして、昔の電文の文字はカタカナだけしか使えず、さらに句読点を入れると、それも文字数に数えられ、その分、料金が高くなります。悲しいかな、苦学生の身、なるべく少ない文字数でと、節約したのが、親に誤解されたのでしょう。
 あの時代から今日まで60年の歳月は、津市が三重県の県庁所在地であることを、担任のジョークで覚えた少年を70歳の老人に変えました。モールス信号で情報を伝達していた時代は遠い昔のこととなり、通信技術の発達は大量の情報を瞬時に送ることができ、世界が急激に身近になりました。昔なら映画館でしか見られなかった世界のニュース映像が、今ではテレビやインターネットでどこに居ても見ることができます。そして、携帯から言葉巧みにかかってくる現代版「ツマデキタ」に用心しなければならない時代になりました。

 「やー、じいちゃん!元気?誰だか分かる?そうそうオレオレ。いやー、よかった。まだボケていないようなので安心したよ。仕事? うん、心入れ替えてまじめに働いているよ。実は今も仕事中だけどさー、彼女と入籍したので、至急、50万ほど、口座に振り込んでくれないかな。できちゃった婚?いやー、実はそうなんだよ。授かり婚? そうそう、爺ちゃん良く知ってるね。急で悪いけど、こどもが生まれたら必ず返しに来るからさ。そう、じいちゃんのひい孫だよ、楽しみにして待っていてよ。あッ、これはおやじにもおふくろにもまだ内緒だよ。突然、妻子連れてきて驚かせたいからさ。」

 オレオレ詐欺、架空請求、ワンクリック詐欺、などなど、くれぐれも注意しましょう。

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コメント

  1. 緒方正嗣 より:

    長崎在住の団塊世代です。今朝、ふとしたきっかけで後藤先生のサイトに遭遇しました。小生、昨年定年退職後、「悠々自宅、サンデー毎日」、「ホメラレモセズ、クニモサレズ」の明け暮れゆえ、先生のサイトを発見し、生きる楽しみが増えました。是非、弟子入りさせて頂きたく、今後ともよろしくお願い申し上げます。時候の変わり目お身体大切になさいますよう。まずはご挨拶まで。

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