リニアモーターカー

     親:ほらほら、ボク、見てごらん! これがリニアの原理だよ。
     子:ワー、浮いてる? すごい!
 
 超電導体の上に磁石を浮かせる実験をしていると、イベントに参加している親子からそんな会話が聞こえ、一瞬、困惑することがあります。確かに、東京-大阪間に建設が予定されている中央新幹線では超電導の電磁石で浮上しながら走るので、間違いではありませんが、リニアモーターカー自体は、超電導現象とも浮上とも無関係なのです。
 もう、50年ほども昔のことになりますが、大学に入学して間もないとき、物理学科の上級生がニュートン祭でリニアモーターカーを作って走らせていました。ニュートン祭は、ニュートンの誕生日にあたる12月25日に、物理学科のある大学なら、大概の大学で学科のイベントとして開催されていました。リニアモーターカーが教室の端から端まですごいスピードで走っていたのが印象的でしたが、もちろん、浮上はせず、車輪でレールの上を走っていました。
 リニアモーターカーがどうして走るかを考える前に、車や通常の列車が走るしくみを考えてみましょう。もちろん、搭載されているエンジンやモーターの動力によって車輪を回転させて走るのですが、車や列車は摩擦のない氷の上では走れません。通常の車が道路を走るには道路とタイヤとの摩擦が不可欠あり、氷の上や車を宙に浮かせて走ることはできません。駆動輪のタイヤと道路との摩擦によって、車は前向きの推進力を道路から受けているのです。列車の場合も、列車の駆動輪とレールの摩擦が列車の推進力になります。
 しかし、リニアモーターカーでは、車体に積んだ磁石と、軌道上に並べて固定された電磁石との間に働く磁力によって走ります。車体の磁石は一定ですが、軌道上の電磁石の極性と強さを車体の移動に合わせてコントロールしています。つまり、電球の点滅によって電光掲示板の上を文字が動くように、軌道に沿って磁界が移動していき、その磁界によって車体の磁石が前に引っ張られ、あるいは後ろから押され、それが推進力になっています。リニアモータカーは、車輪とレールの摩擦は必要がないので、もし、車体を浮かして走ることができるなら、車輪はむしろない方がましということになります。
 そこで考えられるのが、磁気浮上式のリニアモーターカーです。しかし、浮上するためには、必ずしも超電導が必要というわけではありません。愛知高速交通東部丘陵線を走っているリニアモーターカーHSSTは、車体に積んだ電磁石の引力で車体を浮上させて、最高時速100kmで走り、すでに営業運転をしています。30年ほど前、つくば市での国際科学博覧会で、開発途上のHSSTに試乗しましたが、そのときは会場内の短い距離を低速でのデモ運転でした。
 しかし、2027年に東京名古屋間、その後には東京大阪間の開業が予定されている中央新幹線は、車体に搭載する磁石として、超電導の線材でつくられている電磁石を用いています。超電導を示すのは限られた物質であり、それも低温にしないと、超電導にはなりませんので、車体の超電導電磁石は液体ヘリウムで常に冷却されています。
 車体側の超電導電磁石が発生する強力な磁場は、軌道側面のガイドウェーに固定された電磁石との間で推進力を生みだします。さらに、同じくガイドウェーに固定された8字型のコイルに、超電導磁石を搭載した車体が高速で近づくため、8字型コイルに誘導電流が発生しますが、それは8字の上下に互いに逆の磁極を作りだし、車体に浮上力を生み出すしくみになっています。
 今回、学会ついでに見学した名古屋のリニア・鉄道館には、これまで鉄道の歴史を刻んできた列車とともに、最新のリニアモーターカーの模型と、その原理についての説明が展示されていましたが、そこには、超電導現象と高校で習う電磁気学の原理が巧みに応用されていました。
 さらに、ここでは、山梨での試験運転で出した最高速度581km/hを、疑似体験できるコーナーもありました。前方のスクリーンに映し出された景色が自分に向かって、すっ飛んでくる感じで、まさしく弾丸列車です。
 科学技術の発展に驚かされ、それを成し遂げた技術者の努力には敬意を表しますが、大きな経済効果があるとはいえ、一方では電力不足が危惧される時代に、こんな猛スピードで走る列車を建設する必要が果たしてあるのだろうかという疑問も沸いてきました。
 紺の制服の車掌さんが、おおきなガマグチのようなバッグを持ち、乗車券を切っていた昔のボンネット型のバスや、かつて、我が故郷の町に走っていた軽便鉄道がなつかしく思い出された一日でもありました。
(「チョウデンドウ」は超伝導とも超電導とも書きます。物理では以前から前者が用いられていましたが、応用面が注目され始めた最近、工学では、後者が多く用いられるようになりましたので、ここでは後者の超電導としておきます。)

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