宇宙、古代社会、そして・・・
宇宙は、初期における密度のゆらぎから現在の姿に成長したという。地球や月はもちろん、太陽も星さえも存在せず、宇宙がビッグバンから生まれてまだ間もないころ、混沌とした世界にわずかな密度差が生じると、物質密度の濃いところは、重力によってまわりの物質を引き寄せ、さらに密となり、そこでの重力の強さはさらに増し、物質は、ますます密なその場所へ渦を巻くように向かって「落下」していき、物質の巨大な球が宇宙のあちらこちらに形成されていった。星の卵である。
自らの重力によってぎゅうぎゅう詰めにされ、超高温超高圧になった星の卵の中心部にやがて核融合の灯がともり、それらは輝く星となった。星も互いに引き合い、数千億個もの星が集まって銀河 を形成し、銀河も集まり銀河団を成し、それらも引き合い、壁のように連なってグレートウォールが形成された。
一方、密度の薄いところは過疎化が進んでますます薄く、そして大きくなり、その径は1億光年を超える途方もなく大きな空洞となっていった。
いわゆる重力不安定性が、断熱膨張する宇宙に、銀河が密集したグレートウォールと、銀河がほとんど存在しないボイドからなる宇宙の大規模構造 を創ったのである。一見すれば、蜘蛛の巣にも似た宇宙のこの構造は、泡構造ともフィラメント構造とも呼ばれている。
人間社会も、その昔、我々の祖先が洞穴に住み、海や川や野山の自然の恵みに、生きる糧(かて)を求めていた時代があった。そこに貧富の差はなく、身分や階級も存在せず、人々はゆったりと流れる時間の中で、自然と共生して暮らしていた。日本で言えば、1万年以上の長きに亘って続いた持続可能な社会、縄文文化である。
しかし、農耕文明が興り、やがて余剰生産物が生じると、それを巡って、富める者は権力を握ってますます富み、貧する者は搾取されてますます貧していく。こうして、富と権力の集中が急速に進み、人々は支配層と被支配層とに分かれ、古代社会は原始共産制から奴隷制へ移行したという。
物質と重力に対し、かたや、富と権力、宇宙の歴史と人間社会の歴史に、さほど違いはなく、どちらも似たような過程を辿ったようだが、それでは、これから紹介する物語「蜘蛛の糸」の舞台となった世界はどのようにして誕生したのだろうか。
その世界とはどんなところか、そもそも、そんな世界があるのかないのか、本当のところは誰にも分からず、ただ、古代より人々の意識のなかに漠然と存在してきた空想の世界だが、そこでも同様な分化が起きたのだろうか。
肉体の束縛からも、あらゆる柵(しがらみ)からも解放された世界なら、そこは、バリアフリーの無重力空間のように上下の区別さえなく、みんなが自由で平等で争い事のない平和な理想郷であったに違いない。
しかし、さるお方の入滅によって、そこに僅かな格差が生じると、それは凄まじい勢いで拡大し、虚構のその世界もまた必然的に地獄と極楽に二極分化したようである。
因果応報の裏に?
さて、そこに垂らされた一本の蜘蛛の糸を登って、地獄から極楽へ脱出を試みた男がいた。しかし、続いて下からよじ登ってくる他の罪人たちに向かって怒鳴ると、蜘蛛の糸は切れ、我利我利亡者(がりがりもうじゃ)の愚かな罪人はもとの地獄へと落ちていく。ご存知、芥川龍之介の短編小説「蜘蛛の糸」である。
極悪非道の悪党のすさんだ心にも、そのどこか片隅に、弱者を思いやる気持ちが、少しは残っていたのか、生前、蜘蛛を踏み潰そうとして思いとどまった、小さな善意に期待されたお釈迦様だが、結局は男の身勝手な利己心のため元の木阿弥、死んでも治らぬ俗物根性丸出しのこの男につける妙薬はやはり黄泉(よみ)の国にもなかったようである。
お釈迦様のご慈悲もむなしく、哀れな末路を辿った男を主人公として、人の心に潜む善意と悪意を見事に描いた名作だが、作者は転落事件の核心に触れるのを意図的に避けているように思えてならない。男が叫び、直後に蜘蛛の糸が切れたのは、単なる偶然だったのだろうか。それとも、二つの事象の間には何かの関連性があったのだろうか。
もしかしたら、作者は、我々読者の推理力を試し、その稚拙さを密かに楽しもうとしていたのかも知れない。あのとき、本当は何が起きたのだろうか。
物語に初めて出会った少年のとき以来、今も釈然としない疑問だが、なにしろ、我々には窺い知れぬ世界での出来事、さらに、作者はその答を誰にも明かすことなく、墓場まで持っていってしまっては、事件の真相は永久に藪の中。しかし、そうなると、尚更、あれこれと詮索したがるのが、口さがない巷の雀。
暗黙のうちに因果応報とされてきた従来の定説を、我こそ覆してみせんと、無責任な揣摩臆測(しまおくそく)に、知ったかぶりの白河夜船、まるで見てきたかのように、奇説珍説、数多とびかうなか、なるほどこれはと、思わず納得させられそうな、市井(しせい)の研究家による説を二三、これから紹介していこう。
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