確率と情報と推論

モンティ・ホール問題
 「ここに三つの箱がありますが、どれか一つの箱にチョコレートが入っています。残りの二つの箱は空です。チョコレートの入っている‘当たり’の箱がどれか、私は知っていますが、当然、皆さんは知りません。皆さんの誰かが、一つの箱を選んだとき、それが当たりである確率について考えたいと思います。誰か三つのうち、一つの箱を選んでください下さい。」
 先生がクラス全員を見回してたずねると、こんなときはいつも早い一郎君が真っ先に手を挙げました。
「それでは、一郎君、どれか一つの箱を選んで下さい。これですね。間違えないように、一郎君が選んだ箱に目印として、「A」と書き込んでおきましょう。A以外の残りの二つの箱にも、それぞれ「B」、「C」と書き込んでおきます。一郎君が選んだ箱Aが当たりかどうかは、出題者の私以外は、一郎君にも他の皆さんにも分かりませんが、BとCの箱は少なくとも一つはハズレの箱です。箱Aにチョコレートが入っているかどうかを開けて確かめる前に、A以外の箱でハズレの箱を皆さんに一つ教えましょう。このBの箱を開けてみます。箱Bはこの通り空です。これで当たりの箱は、AとCのどちらかの箱ということになりますが、一郎君はすでに箱Aを選んでいます。しかし、箱Bが空だということを知ってしまった今でも、一郎君はまだ選択する箱を変更してもよいことにしましょう。」
 「これからは一郎君だけでなく、クラスの皆さん全員で考えて下さい。一郎君が空箱だと分った箱Bを選ぶことはないでしょうから、Bは対象外となり、残りはAとCになりますが、一朗君は初めに選んだ箱Aを再度選んだほうがよいのでしょうか、それとも、箱Cに変更したほうが確率的に有利でしょうか。」
 生徒たちは、なぜ、先生がこんな簡単な質問をするのか理解できないようでしたが、ここで、花子さんが手をあげて発言しました。
 「勝つ確率が高いほうの箱に賭けたければ、一郎君は選ぶ箱を変更すべきです。変更せず、箱Aのままでは、一郎君の勝つ確率は1/3ですが、箱Cに変更すれば、確率は2/3になります。」
 これにはクラスの全員が驚きました。秀才の花子さんが、こんな何でもない問題に、こんなおかしな解答をするとは思えなかったからです。なーんだ、花子さんもその程度か、こんな常識的な問題を間違えるなんて!これまでの才女のイメージが壊れそうですが、そんなクラスの空気を代弁するかのように、同じく秀才の誉れ高い太郎君が発言しました。
 「花子さんは明らかに間違えています。箱が三つのときは、一郎君がどれを選んでも当たる確率は1/3ですが、箱Bがハズレであることが分かったのですから、AとCの二つから一つを選ぶことになるので、当たる確率はAを選んでもCを選んでも1/2です。箱Bがハズレだと分かって、一郎君が勝つ確率は1/3から1/2に増えますが、箱Aのままでも箱Cに変更しても勝つ確率は同じ1/2です。」
 花子さん以外、当然のように、クラスの誰もが太郎君の発言を支持しました。しかし、花子さんも負けてはいません。すぐさま、これに反論しました。
 「太郎君こそ重大な誤りをしています。一郎君が箱Aを選んだ時点で、当たりの確率は1/3で、ハズレの確率は2/3です。箱Aが当たりの場合には、箱を変更すれば、せっかくの当たりがハズレになりますが、箱Bと箱Cのいずれかが当たりの場合には、箱Aのままではハズレですが、残ったもう一つの箱に変更すれば当たりになります。つまり、先生は、一郎君が選んだ箱以外のハズレの箱を開けて見せますので、選ぶ箱を最初に選んだ箱から変更することによって、当たりはハズレに、ハズレは当たりに逆転させることができます。はじめは箱Aが当たりの確率は1/3で、ハズレの確率は2/3ですから、選択する箱を変更すると、当たりの確率が2/3となります。これは最初から単純に二つの箱しかない場合とは異なります。」
 花子さんはさらに続けました。
 「この問題は箱を増やして考えれば分かり易いと思います。100個の箱があり、そのうちの一つの箱が当たりであれば、100個の箱のなかから解答者が選んだ箱Aが当たりである確率は1/100ですが、外れる確率は99/100です。その後、当たりの箱がどれかを知っている先生が、A以外の99個の箱のなかから、外れの箱だけ98個を開ければ、箱Aともう一つの箱が残ります。最初に選んだ箱Aが当たりである確率は1/100ですが、残りのもう一つの箱が当たりである確率は99/100になります。この場合は変更する方が遥かに有利になります。」
 太郎君の考えに賛成していた生徒たちも、何が何だか分からなくなりました。ここで先生が提案しました。
 「それでは、花子さんと太郎君のどちらが正しいか、論より証拠、実際にゲームを行って確かめてみましょう。しかし、これは確率の問題ですから、一回や二回のゲームではどちらが正しいか判定はできません。5、6回でも駄目でしょう。少なくとも数十回試行する必要があるでしょう。しかし、授業時間の制約もあるので、クラス全員が二人一組で、出題者役と解答者役を交代しながらチョコレート当てゲームを行い、その結果を報告して下さい。」
 先生は箱のかわりの紙コップ三個とチョコレート2個を各組に渡しながら言いました。
「出題者役の人は、コップにチョコレートを入れるとき、どのコップかを相手に悟られないようにしてください。注意することはそれだけですから、簡単なゲームです。」
 各組に分かれてゲームがはじまり、やがてゲームの結果の集計がでてきました。集計結果は、箱A、つまり、回答者が最初に選んだ箱が当たりだった回数はゲームの試行回数のほぼ1/3になりました。箱Aにはゲームの途中誰も触れていないので、当然の結果ですが、箱Aがハズレの場合には、もう一つの箱にチョコレートが入っていた筈です。箱Aは確率2/3でハズレていますので、選択する箱を変更すれば、当たりになる回数は、試行回数の2/3となります。花子さんの考えが正しかったのです。
「やっぱり、花子さんて、すごい!」生徒たちからそんな称賛の声があちこちから挙がりました。
「いや、実は、そのー・・・」花子さんが困った顔して何か言おうとすると、それを制して先生が言いました。
 「そうです。今日、みなさんがここで行ったことは、かつて全米のテレビのクイズ番組で放映されたゲームです。ただし、景品はチョコレートではなく、三つの扉のどれかに隠された車でしたが、ゲームの様子が全米に放映されたあと、このゲームに関して、ある雑誌のコラム欄に読者から質問が寄せられました。
 クイズの解答者は扉を変更すべきか否かという質問でしたが、それに対して、その雑誌のコラム担当者のマリリン・ボス・サヴァントという女性は、さきほど、花子さんが発言したように、変更しなければ、勝つ確率は1/3のままだが、変更すれば、2/3になると答えました。ところが、それが全米で複数の数学者を巻き込んでの大論争に発展したのです。
 実は、このサバントさん、IQ値が228という凄い女性だったことが、論争をさらに過熱させたようですが、今日、花子さんにはサヴァント女史の役を、太郎君には、それに反対した数学者たちの役を演じてもらうように、授業の始まる前にお願いしていました。花子さん、太郎君、二人ともご苦労さまでした。」
 「さて、箱Aと箱Cが残った時点で、一郎君に代わってそれまでのゲームの経緯を知らない人がどちらかを選ぶとすれば、当たる確率は1/2です。その場合でも、Aを選べば、確率は1/3で、Cを選べば確率は2/3ですが、これまでの経緯を知らなければ、A とCを同じ確率で選択するでしょう。当たる確率は、Aを選んだ場合の確率1/3とCを選んだ場合の確率2/3との平均になり、1/2となります。これはAを選ぶかCを選ぶかをコイン投げで選ぶ場合と同じです。
 Bの箱が空だと教えて貰っても、正しく推論をしないと、その情報を生かすことができません。箱の変更をしないと、当たる確率は、全く経緯を知らない人が二つから一つを任意に選ぶ場合の確率をも下回ることになります。何事も直感は大切でありますが、直感だけに頼ると思わぬ落とし穴に陥る例です。これはテレビで放映されたときの司会者の名にちなんでモンティ・ホール問題と呼ばれています。」
三囚人問題
 先生はさらに続けました。
 「もう一つ、似たような問題を皆さんに紹介しておきましょう。三人の囚人A,B,Cが、それぞれ独房に捕えられていました。ところが、この国の王女と隣の国の王子との婚約が整い、三人のうち、一人だけが近々恩赦によって放免されることなりました。そしてギャンブル好きの王様は、三人のうち、誰を恩赦にするか、公平を期してルーレットで決めたという情報が入ってきました。囚人Aは恩赦になるのが誰かと看守に聞きましたが教えてくれません。しかし、Aがあまりにも、しっこく、聞くので、他の二人には絶対に漏らさないという条件つきで、しぶしぶ、次のような情報を教えてくれました。『おまえに関する情報は教えられないが、Bが恩赦になることはないよ。』それを聞いたAは喜びました。『これで俺が恩赦で助かる確率は1/3から1/2に増えた。』しかし、看守からの情報は、Aが恩赦になる確率が1/3であることに何の変化も及ぼしません。看守の情報で囚人Cが恩赦になる確率は2倍の2/3に増えますが、囚人Aがそのことを理解できたとしても、モンティ・ホール問題と違い、AはCと入れ替わることはできません。今日の授業はここまでです。各組に配った2個のチョコレートは、ゲームの当たり、ハズレに関係なく、一人1個ずつ仲良く食べて下さい。」

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