ブランコを自分では振れずに、公園で母親に押してもらっていた幼児もやがて自分だけで上手に振れるようになる。母親に押してもらう場合は明らかに母親が仕事をしているが、自分で振る場合は、外力が働いていないのに何が仕事をするのだろうか。
まず、幼児が乗ったブランコを振り子に置き換えて考えてみよう。振り子の振れを増すには、公園の母親のように、振り子の振動に同期した周期的な力を外部から振り子に加えればよい。
振り子は水平方向に揺れるとともに上下方向にも揺れている。つまり、振り子には二つの振動が存在していると考えることができる。振り子の重りは水平方向に一回振れる間に、上下方向には2回振れている。
ブランコを一人では振れない幼児を手助けしている母親は水平方向の振動に合わせて周期的な力を水平方向に加えているが、上下方向の振動に合わせて周期的な力を加え、振れを増大させることはできないだろうか。
下の図のように、滑車をとおして長さを変えることのできる振り子を考えてみよう。振り子の振動周期の半分の周期、つまり、振り子の上下動の周期に合わせて糸を引っ張ったり緩めたりすると、振り子の重りは図のような振動数の比が1対2のリサージュ図形を描く。
通常、振り子の張力は重りの運動方向と常に垂直であるので、張力はおもりの運動に仕事はしないが、この場合は、糸の張力が、おもりの運動方向と直交していないので、今度は張力に仕事をさせることができる。
図において、人の手が糸を引っ張り、おもりがA点からB点に向かうとき、糸の張力とおもりの運動方向がなす角は鋭角となるので糸の張力は振り子の運動に正の仕事をする。一方、糸を緩め、おもりがBからCに移動するとき、張力と運動方向は鈍角となるので、糸の張力は負の仕事をする。糸の張力は、糸を引くときが、緩めるときより大きいので、一周期に渡って張力がする仕事は正となり、振り子の振れは大きくなる。
スペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラという寺院に、これと同じような仕組みのボタフメイロと呼ばれている振子がある。ボタフメイロとは香炉という意味であり、おもりとして80kgの香炉が吊るされているが、ミサのときには、5、6人がかりで、振子の周期に合わせて縄を引っ張り、振子の揺れが大きくなると、香炉が勢いよく燃え上がるという仕掛けである。「ボタフメイロ」で検索すれば、その動画がインターネットで見られる。
ブランコを自力で振っている子どもも、このボタフメイロの原理を用いている。ブランコでは鎖の長さを変えることはできないが、子どもはブランコの上で立ったり屈みこんだりすることによって、自分の重心の位置が図のような∞字のリサージュ図形を描くように変化させ、ブランコを吊るしている鎖の張力に仕事をさせているのである。このとき、張力は子どもの屈伸運動に負の仕事をし、重心運動に正の仕事をしているので、正味の仕事はしない。ブランコに力学的エネルギーを補給しているのはブランコの上で自らの屈伸運動に仕事をしている子どもの筋力である。
ブランコを人から押してもらう場合は、外力によって共振を起こし、自分で振る場合は内力によって共振を起こしているが、いずれの場合にも、固有振動の周期に合わせて外力や内力を変化させているのである。
共振はたまに厄介な問題を引き起こす。洗濯機の脱水槽に入れた洗濯物が偏っていると、脱水槽を回転させたとき、洗濯器全体が、がたがたと音を立て振動する場合がある。洗濯機全体の固有振動と、脱水槽の回転が共振したためである。
ナポレオンの頃の話だが、軍隊が吊り橋を渡っていたとき、橋の固有振動と軍隊の足並みとが共振し橋が壊れ、多くの犠牲者がでたという。それ以来、軍隊が橋を渡るときは、わざと足並みを乱して渡るようになったそうである。
風の強い日には電線がヒューヒューと音を立てる。風が電線に当たると、風下にカルマン渦ができて電線に周期的な力が働き、横揺れするからである。 カルマン渦は大小いろんなスケールで起きるが、1940年アメリカのタコマ峡谷に作られたタコマ橋はカルマン渦による周期的な力と橋の固有振動が共振して、完成後まもなく崩壊したのである。
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