力学教育のなかの‘座敷わらし’

 車を一つの系として見ると、空気の抵抗などを無視すれば、水平な道路を走る車に働く水平方向の外力は車のタイヤが道路から受ける摩擦力だけである。さらに、車の車輪が滑らないとすれば、摩擦力は静止摩擦力であり、これは水平抗力とも呼ばれ、垂直抗力と同じく作用点は動かない。

 車が加速するとき、車の並進運動にするのは、エンジンか、それとも、道路がタイヤに進行方向に及ぼす水平抗力だろうか。

 車は前輪駆動だとすると、エンジンは駆動輪である前輪の回転運動に、力のモーメントを作用させて仕事をする。もし、前輪のタイヤと道路との間に摩擦がなければ、前輪に働く水平抗力は存在せず、前輪が回転するだけで車は加速できない。摩擦があれば、前輪のタイヤは道路から進行方向に水平抗力を受け、水平抗力は、前輪の回転運動に、回転とは逆回りの力のモーメントとして作用するとともに、車の推進力になる

 前輪に働く水平抗力は前輪の回転運動に負の仕事をすると同時に、車の推進力となって並進運動に正の仕事をする。エンジンが創りだしたエネルギーが駆動輪の回転運動に移動し、さらに並進運動に移動するしくみが理解できる。

 銀行は預金者のお金を一旦、金庫のなかに保管し、それを預金者とは別人に貸し出すが、水平抗力の母体である道路は、駆動輪に負の仕事をして受け取ったエネルギーを保管することなく、直ちに並進運動に仕事をするので、エネルギーの保管金庫を必要としない。

 古典力学の基本原理はニュートンの三つの運動法則であり、そのいずれも、抗力は作用点が動かないという理由で、他の外力と区別していない。運動方程式に現れる抗力が仕事を しないで、座敷わらしが仕事をしたというのだろうか。抗力は仕事をしないという固定観念が、不可解なPseudoworkという都市伝説を産み落としたようである。

 力のモーメントを作用させて仕事をし、 駆動輪の回転に力学的エネルギー与えたのはエンジンだが、そのエネルギーを並進運動に配分したのは、抗力が並進運動と回転運動にした正負一対の仕事である。

 電気自動車が減速しながら停車するとき、その並進運動のエネルギーをコンデンサーに回収する仕組みも、加速するときとは逆に、駆動輪に働く後向きの水平抗力が、並進運動に負の仕事をすると同時に、駆動輪の回転運動に正の仕事をし、その駆動輪の回転運動がモーターに仕事をするからである。このとき並進運動も駆動輪の回転運動も減速している。

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