力学深読み;見えざる非弾性衝突

 力学現象に潜む非弾性衝突をうっかり見落とすと、正しい思考ができず、混乱に陥ることがある。その例をいくつか紹介したい。

1.入試問題

 大学入試にしばしば出題されるが、次のような標準的な振り子の問題がある。

図1 振り子の運動

問題1:図1のように、0点を支点とする長さがLの振り子の重りを、A点で支えて静止させている状態から、支えを外すと振り子が振れ出す。重りの速さの最大値Vを求めよ。

 この問題を、力学の基本である運動方程式から答を求めるのは、振り子の正確な運動方程式を知らない高校生には無理だが、力学的エネルギーの保存則を知っていれば、重りがA点に静止している初期状態と、重りがB点を通過するときの力学的エネルギーが等しくなることから、速さVmの値は、長さLと角度θ0と重力の加速度gを用いて表すことは容易である。

 ここで、振り子の長さLを変えずに、図1の初期条件での重りの位置を、図中のA点からC点に変更してもVmの値は変わらない。ただし、最大速度の向きが今度は鉛直下向きになり、最大速度に達した途端、重りは非弾性衝突をする。求めるVmの値は変わらないが、これでは単なる自由落下の問題になる。

 初期条件としての重りの位置がA点でもC点でも、t=0で静止していれば変わらない。それなら、次の図2のように、AとCを結ぶ直線上の任意の点D点に移動させたらどうなるだろうか。

図2 エネルギー保存則は?

 D点に重りが静止している初期状態から落下を始めると、D点からE点までは自由落下だが、E点に達した瞬間、衝突が起きる。衝突は弾性衝突ではないので、重りは運動エネルギーを失う。非弾性衝突の後、重りがB点を通過しても、力学的エネルギーは保存しない。図2のような初期条件に変えると入試問題としては不適である。

 一般に図1では空気の抵抗はないものとして解くが、図2では、非弾性ではなく弾性衝突になるものとして解くわけにはいかない。しかし、折角、ここまで考えたなら、図1の場合のように公式を用いれば解ける単なる計算問題としてだけではなく、D点から落下させた場合はどうなるかという定性的な説明を求める問題をつけ加えれば、採点の作業は面倒になるが、教育的な問題になろう。

2.鎖を引き上げる場合の非弾性衝突

図3 鎖の非弾性衝突

問題2:図3のように鎖の束から、鎖の一端Aを一定の速度vで引き揚げるとき、引き上げる力Fの大きさを求めよ。ただし、鎖の単位長さ当たりの質量をρとする。また、鎖の束が盛り上がった高さはAの高さyに比べ無視できるものとする。 

 大学の理系学部に入学後、初等力学を学ぶと、上記のような問題に出会うかもしれない。しかし、これを力学的エネルギーの保存則から解こうとすると、誤った答を導いてしまうことになる。

 非弾性衝突は有限の速度が突然0になる場合だけでなく、逆に静止していた物体が突然有限な速度を持つ場合も起こる。

[誤った解法] 鎖の力学的エネルギーをEとすると、Eは、鎖の運動エネルギーと位置エネルギーの和であるから、E=1/2・ρyv2+ ρyg・y/2、つまり、 E=ρ(yv2+y2g)/2となる。がした仕事が力学的エネルギーEの増し分に等しいので、dE=Fdyとなるから、Fdy=ρv2dy/2+ρygdy、よつて、F=ρv2/2+ρgyとなる。しかし、赤線部の仮定は、この問題では、非弾性衝突のために成り立たない。そのため、導かれた答も誤りである 

 問題1は力学的エネルギーの保存則を用いれば、簡単に解けたが、問題2は、運動方程式を適用すれば解ける。

[正しい解法] AB部分の質量はρy、それが一定速度vを持つので、運動量Pは、P=ρyv、運動方程式は、dP/dt=Fρgy、よつて、 F=ρv2 +ρgyとなる。 参考:金原寿郎編「基礎物理学下巻」P.101  

3.ヨーヨーの力学

 非弾性衝突は、おもちゃのヨーヨーの動きにも隠れている。図4のように、糸の端を天井の固定点0に固定すると、回転しながら鉛直上下に運動をする。この場合のヨーヨーに働く力は、振り子と同じく重力と糸の張力だけだが、その運動には避けられない非弾性衝突が存在する。ヨーヨーに働く重力をW、糸の張力をTとしてヨーヨー振り子の運動を考えてみよう。

図4 コーヨー振り子の運動

 ヨーヨーに働く重力Wは一定であるが、張力Tは、下降するとき、T<Wであり、上昇するときT>Wである。図4の①ではヨーヨーは右回転しながら下降している。このとき、重力Wは下向きの重心運動に正の仕事をし、糸の張力Tは重心運動に負の仕事をするとともに、右回りの回転運動に右回りのトルクとして働き正の仕事をしている。Wがした仕事は、回転運動に奪われるので、重心は自由落下の加速度より小さな加速度で下向きに運動する。

 ②では、巻いている糸がなくなり、それ以上、降下できないので、この瞬間、重心運動は、非弾性衝突によって、そのエネルギーを失う。しかし、張力のトルクは0になるから、回転のエネルギーは右回りのままで保存する。

 ③では、重心は上昇する。張力は、重力Tに逆らって重心を引き上げるとともに、回転には左回りのトルクとして働き、右回りの回転に負の仕事をする。

 T=Wになる④では、重心運動も回転運動も一瞬停止するが、加速度や角加速度はゼロではない。その後の図⑤では、重心運動は下向き、回転運動も左回転になるが、トルクの向きは④と同じく左回りのままである。その後、最下点で重心運動に非弾性衝突が起きる。

図5 ヨーヨー振り子の高さの時間変化

 図5は、固定点から吊り下げられた図4のヨーヨー振り子の高さの時間変化である。ヨーヨーは①~⑤までうち、②を除き、下向きの一定の加速度で運動をするが、②では、その前後で重心は有限な速度を持ったまま、速度の向きが額になる。つまり、非弾性衝突が起こり、重心運動は力学的エネルギーを失う。エネルギーの損失をなくすためには、図5は②で滑らかなに曲線お描かなけれあならない。②の衝突では重心の運動エネルギーだけが失荒れ、回転の運動は保存するので、重心運動の向きが変わる②の瞬間重心運動のエネルギーを回転運動に移しておけばよい。

図6 作用点の移動

 振り子ではなくヨーヨーとして動かすときは図6のように糸の橋尾上下に動かすことによって、力学的エネルギーお供給するとともに、衝突が起きることをふせぐために、②でに重心運動が滑らかに変化させている。

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