とある生徒の力学レポート

1.仕事の種類

☆ 仕事A=力・重心の変位

 岩波書店の広辞苑(第4版)には「力が働いて物体が移動した時に、物体が移動した向きの力と移動した距離との積を、力が物体になした仕事という。」とある。高校物理教科書やブルタニカ世界百科辞典も仕事Aである。仕事Aは、力が物体の並進運動に対してなした仕事である。

💡 ニュートンの運動法則は、力の作用点が動くか動かないかで力を区別していない!

☆ 仕事A’=力のモーメント・回転角の変位

 力のモーメントを一般化された力、回転角を一般化された座標と考えれば、仕事Aと仕事A’とは、仕事の対象が並進運動か回転運動かの違いはあるが、同類の仕事である。仕事A’は、力が物体の回転運動になした仕事である。

💡! 仕事の対象が異なれば仕事の定義も異なる

☆ 仕事B=力・作用点の変位

 岩波書店の理化学辞典(3版)には「力学系に力Fが作用し作用点がdr変位するとき、スカラー積F・drを、その力が力学系にした仕事という。」とある。仕事Bは、運動の区別なく、外力が系や物体全体に対してなした仕事である。仕事Bによって系や物体が得たエネルギーが、並進運動や回転運動、あるいは内部エネルギーにどのように分配されたか、その内訳は仕事Bからだけでは解からない。

💡! 熱力学では、系の並進運動や回転運動は存在しない場合を考えるので、その仕事は仕事Bであり、内部エネルギーの増加分に等しくなる!

2.単一運動と複合運動

☆ 運動が並進運動のみの場合、あるいは回転運動のみの場合、つまり、単一運動では、仕事Aも仕事A’も仕事Bに等しくなる。

☆ しかし、並進運動と回転運動とが絡んだ複合運動では、仕事Aも仕事A’も仕事Bと同じにはならない。

図1 複合運動の例

☆ 図1の転がり運動は、並進運動と回転運動からなる複合運動である。動力源は外部に存在するが、円柱が床から受ける抗力Fは並進運動に負の仕事をし、円柱の時計回りの回転運動に正の仕事をする。 円柱の転がり運動に仕事をするのは、外部の動力源が円柱に及ぼしている力Tであり、その仕事は仕事Bである。

☆ 図1の場合、仕事Aと仕事A’の和は仕事Bに等しくなる。

💡 抗力のような作用点の動かない束縛力は、仕事Bをすることはできないが、複合運動では、束縛力も仕事Aや仕事A’として仕事をする!

3.複合運動と仕事

図2 立ち上がり運動

☆ 図2の立ち上がり運動は、並進運動と変形運動との複合運動である。ただし、動力源は内部に存在する筋力である。

☆ 筋力は仕事をして体を伸ばそうとする。抗力Rは、その変形運動に負の仕事をして並進運動に正の仕事をする。(人体に働く力は床から受けるRと重心に働く重力Wであるが、大きさがRと等しいく、向きが互いに逆向きの力R1とR2を重心に加えても運動に影響しない。RとR2は体を伸ばそうとする変形運動に負の仕事をし、R1が上向きの並進運動に正の仕事をする。)

💡! 抗力が仕事をしてもエネルギー保存則に反しない!

 何をさせても、no good! 劣等生で問題児、NG君の宿題レポートである。さて、このレポート、可かとすべきか不可とすべきか、いやいや、実に厄介で教師泣かせの困った生徒である。          — とある物理教師の悩み ー

 参考 →高校物理教科書は「トンデモ本」か?!

コメント

  1. 原 宣一 より:

    仕事の定義に素直に従えば、抗力が仕事をすることで何もおかしくありません。「蜘蛛の糸」の議論は面白い話でした。疑似仕事などという新しい用語を作って実感の仕事に合わせる必要はないでしょう。
    実は似たような話があります。
    重力質量と慣性質量は同じとするのは等価原理である、という説もあります。しかし、重力質量と言う用語は最初から不要だったのです。アインシュタインまで重力質量と言う用語を使ったせいか、このことを言っているのは小野健一ぐらいなのですが。

    • nobuyuki より:

      コメントありがとうございます。仕事の定義も抗力のする仕事を否定していませんが、図1のような転がり運動に初等力学を適用しても、並進運動と回転運動の運動方程式を積分すれば、抗力は並進運動に負の仕事をし、回転運動に正の仕事をしていることを簡単に示すことができ、さらに両者のエネルギーを加えると抗力のする仕事が消えます。解析力学では、ラグラジアンの中の運動エネルギーは最初から全運動エネルギーであり、解析力学に抗力のする仕事が現れないことは当然ですが、それも抗力のする仕事への風当たりが強い原因になっているようです。しかし、解析力学は初等力学と独立に作られた力学ではなく、初等力学をその基礎としています。ラグラジアンを作るには並進運動や回転運動のエネルギーがどのように表されるかを知らなければなりませんが、それは初等力学から導かれる結果を使っています。高校での力学は質点の運動だけを対象にしていないはずですが、共通一次やセンターテスト後、質点だけしか扱わないようになり、大学での力学も、教養部廃止後、初等力学を十分学習しないまま、解析力がや熱力学を習うようになり、そんな時期にアメリカでpseudoworkなどという訳の分からない論文が発表されたのが混乱の原因だと思っています。物理教育学会に投稿を続けていますが、学会から送られてくる掲載拒否の理由は、今では「抗力の仕事は先行論文であるPseudowork論文に反する」それだけです。しかし、その最後の砦もまもなく落とせると思っています。力学はアメリカファーストでなくニュートンファーストであるはずですから。、

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