甍(いらか)の波と雲の波
重なる波の中空(なかぞら)に
橘(たちばな)薫る朝風に
高く昇るや鯉のぼり
大正2年に作られ、文部省唱歌にもなっている「鯉のぼり」である。鯉のぼりは端午の節句、男の子が無事に成長するのを願う行事。
それなら、五月の朝に雲ひとつない青空を悠然と泳ぐ鯉を想像したくなるが、端午の節句はもともと旧歴の5月5日だから、新暦では6月半ばとなり、鯉のぼりを上げる期間は、晴れても、空模様が気になる梅雨時である。
甍の波、つまり、屋根瓦の規則的な配列を波に譬えているが、それに対して雲の波とはどんな雲だろうか。
万葉集のなかにも「雲の波立ち月の舟」と、雲を海の波に譬えた、柿本人麻呂の和歌があるが、今度の場合は、甍の波と並べて対比させているのだから、どんな雲でもよいというわけにはいかないだろう。雲のほうも、ある程度、周期的で規則的な構造を持つ波に似た雲と思われる。
さらに、鯉は淡水魚だから、波長の長い海の波ではなく、川や池にできる波長の短い波でなければならないだろう。
それに該当する雲は、うろこ雲、いわし雲、ひつじ雲、さば雲などであろう。呼び名によって、現れる季節や高度が異なり、その形状や色も微妙に異なるようだが、どれも大気のベナール対流によってできる雲である。つまり、低気圧に起因しているので、このような波状の雲が現れるのは天気が崩れる前兆であろう。
気象学の専門家の間では「うろこ雲と厚化粧は長くは持たない」と言われているらしい。厚化粧を持ちこたえさせる方法があるかどうかは知らないが、気象の変化は人為の及ばぬ広大無辺の自然界のしくみ、うろこ雲が出たら天気の崩れは止められそうもない。
しかし、これで雲の波はうろこ雲で決まりというわけではない。うろこ雲やひつじ雲は主に秋の雲だからである。梅雨の季節にも、うろこ雲のような、周期的でまだら状の雲が現れることもあるのだろうか。
それとも、鯉は急流を遡るので、そこの水の流れは乱流だから、波のような規則性はなく、鯉のぼりに歌われている雲も梅雨時に急激に成長する積乱雲だと考えるべきだろうか。
疑問は尽きないが、機会があれば、熱流体力学の専門家や気象学者にも聞いてみたい。
さて、鯉のぼりが新暦で行われるようになってからは天気の心配はあまりしなくてもよいのだろうか、昭和6年に作られた口語調の鯉のぼりの歌には、高さを表わすのに、家の屋根を基準にしている点は同じだが、雲は登場しない。
屋根より高い鯉のぼり
大きい真鯉はお父さん
小さい緋鯉はこどもたち
おもしろそうに泳いでる
あれれ!お母さん鯉はどこ行っちゃった? 5月5日の今日はポイント25倍デー、スーパーにお買いものだって。
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