基礎教育をシルバーに任せてよいか

 在職期間も残り少なくなって、いくつかの学部から非常勤講師の依頼があった。まもなく、年金生活者となる身にとっては、ありがたい話であり、引き受けることにしたが、一方では、引き受けて本当によかったのだろうかと気になる。常勤教員に基礎教育の担当者がいないということであったが、それなら、基礎分野の常勤教員を補充すべきではないか。
 長崎大学に限ったことではないようだが、独法化後、物理学の教員が激減した。とくに理学部のない大学では、物理学教員は絶滅危惧種だそうである。しかし、ツシマヤマネコのように保護されているという実感はなく、むしろ、大学の改組があるごとに、駆除の対象として狙い撃ちにされているように思えてならない。
 研究の成果は上がらない、外部資金を取る能力もない、そしてなによりも、お客様の学生には人気がないでは、畑を荒らしにくるイノシシと一緒にされても仕方ないが、害獣でも、むやみに駆除すれば、生態系が破壊される。
 現在の学生の学力の低下は、学生の好みに合わせて基礎教育を減らし、物理学や数学の教員を減らしたことがその一因になっているのではないだろうか。
 中学校で習う二次方程式の解法は日常生活で使うことがないので必要ないと言った作家がいたが、使わないから必要ないなら、小学校の算数だけで充分であろう。
 同じような理屈が、現在の大学教育にもまかり通っているように思えてならない。使わない物理学や数学はやめて専門教育を増やすという考えもあろう。しかし、従来の研究方法を単に踏襲するうちはそれでよくても、使うことしか教えない自動車学校的な教育から、独創的な思考をし、新しい研究分野を切り開く人材が育つだろうか。基礎教育は必要かと問えば、いつも大切だという答が返ってくるが、実際にはそれと逆方向に向かっているように思えてならない。
 庭木の剪定ならまだしも、安上がりだからと、家の基礎工事まで定年後の派遣社員に任せきりの建築会社があるだろうか。基礎教育が本当に大切なら、その教員数は維持すべきではないか。このままでは、やがて、基礎教育を引き受けるシルバーさえいなくなる。(日本物理学会誌65(4),281,2010-04-05より)

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