近未来の大学入試

 気がつくと、なぜかヘッドホンとミニマイクをつけ、液晶ディスプレイが置かれた席に座っていた。音声が流れ、同時にディスプレイにも表示された。

「あなたの受験番号を音声入力して下さい。」

 受験番号?周囲を見渡したら、同じ格好をした高校生ばかり。もしかしたら、大学入試の試験会場に迷い込んだのだろうか?しかし、高校生のなかには何人かの懐かしい顔も混じっていた。高校時代に逆戻りしたのだろうか。思いついた適当な番号を答えると、名前、出身校、住所、誕生日を聞かれた。

 「あなたは出願者本人であることが確認できました。それでは、試験開始までの間、2068年度入学試験の受験要領について説明致します。」

 2068年?50年後ではないか!過去ではなく、未来に行って大学の入学試験を受けているようだ。大学入試を受けたのは半世紀以上昔のことだが、教職についてからは、出題も監督も、入試関係の仕事を、さんざんやらされた。しかし、会場の雰囲気があの頃とは全く違う。

 昔は試験室には数人の監督者がいたのに、それが一人もいない。これなら、監督者の私語やイビキがうるさいという受験生からの苦情が出ることもなかろう。人工知能一台で受験生を見張り、音声認証までしているようだから、ハリウッドばりの特殊メイクで替え玉受験しようとしてもすぐに見破られよう。

 未来の大学入試はペーパーレスで解答も音声入力のようだが、どんな問題が出るのだろうか。開始時間になった。音声とともにディスプレイに問題が表示された。

 「最初は物理の問題です。あなたの自宅から等距離の二か所に量販店があります。量販店‘うみべ’はあなたの自宅から西のほうの海辺の平地にあり、量販店‘とうげ’はそれと反対側の山手のほうにあります。両方とも品揃えも価格も全く同じです。車で買い物をするあなたにとって、どちらの量販店を選んだほうが得でしょうか。その理由も一緒に述べて下さい。なお、問題について疑問点があれば、今、尋ねて下さい。可能な範囲でお答えします。」

 人工知能は聖徳太子の真似もできるようになったのか!いや、これは以前からあったTSS(Time Sharing System)を用いているのであろう。多くの受験生を同時に相手にして、個別的に口頭試問をしているようである。さて、車の免許を持たないので、徒歩での買い物になるから、平地の‘うみべ’と答えることにしよう。

 「この問題では徒歩での買い物は除外しています。それに誕生日からすると、あなたは今123歳。失礼ですが、歩いての買い物はもう無理でしょう。車で買い物をする場合に限って答えて下さい。今の車には、私と同じ高性能の人工知能が搭載されているので、あなたは行き先を告げるだけでよいのです。その条件でもう一度考え直して答えて下さい。」

 そうか、自動運転の時代になっているのか。車もEV車だろうし、海辺の店も峠の店も大差ないのか。それでも、やはり海岸の店を選びたい。買い物に行くのは天気の日で、時刻は日没の30分前。理由は、人生の黄昏を迎えた今、買い物ついでに、水平線に沈んでいく美しい夕日を見たいから。

 「それでは確認します。あなたの最終的な答は‘うみべ’、理由は海岸から日没が見られるから。それでよろしいですね。採点には少々時間がかかりますので、そのままお待ちください。」

 採点もこの場で人工知能がするのか。おう、早い、もう結果が出たようだ。

 「あなたの答案の採点結果はD判定です。最初に説明した通り、この試験は生き残り方式ですから、D判定では、次の問題に進むことはできません。あなた以外は全員この問題はA判定でしたので、あなたが最初の脱落者となります。正解は‘とうげ’店です。高地と平地の店を比較すると、同じ商品で同じ値段でも、高地の店の商品は、より多くの位置エネルギーを持っています。そのエネルギーはEV車によって電気エネルギーとしてコンデンサーに回収できるので、高地にある店、‘とうげ’で買ったほうがその分、お得です。あなたの答は間違っていますが、それを導く思考過程も含めて、あなたの答案から物理的センスは微塵も酌み取れません。この問題は物理の基本的な問題であり、海岸の夕日云々は、あなたの個人的な好みであり、物理とは関係ありません。」

 我が家と峠の高度差が100メートルとすれば、‘とうげ’店で10㎏の買い物すれば、その位置エネルギーは10kJ、確かにその分、得にはなるが、電気の値段は1kWh(3.6MJ)当たり二十数円程度だから、10kJでは1円にも満たないではないか。

 「電気代が安かったのは、とっくに昔のことです。石油や石炭が枯渇した今、電力は貴重で高価なエネルギーです。あなたの試験はこれで終了しましたのでお帰りになって結構です。他の受験生の迷惑にならないよう静かに退室して下さい。」

 人工知能も50年の間にここまで進化したのか。しかし、自然の美しさや、そのときの感動や感傷が理解できないとは、50年経っても、まだまだ人工知能は、モノマネはできても鳥にはなれない水飲み鳥とたいして違わないではないか。それにしても他の受験生は全員A判定とは!? そうか!彼らに授業をした高校の先生も予備校の先生もAI! もしや、幼稚園から大学まで教育はすべてAI任せ!!  -鹿児島からの帰りの新幹線で眠りこけながら-

 今回の旅行は「水飲み鳥の物理教育への活用」と題した研究発表(日本物理教育学会九州支部研究大会 2018.3.3 鹿児島大学)を兼ねての鹿児島と指宿を巡る観光でした。学会での発表内容はコチラ→水飲み鳥の歌

コメント

タイトルとURLをコピーしました