15のときより60年

 15のときに物理を学びはじめて以来、今日までの60年間、ニュートンの運動法則が力学のすべてだと信じてきた。物体の加速度も、速度も、運動量も、そして、エネルギーも、ニュートンの運動方程式から導かれるべきである。それを否定するなら、それが日本物理学会の総意であれ、 反対せざるをえない。

 現行の高校物理の教科書には仕事について、次のように記述されている。『物理では、物体に力を加えてその物体を移動させたとき、力は「仕事」をしたという。一直線上で物体に一定の大きさの力をはたらかせて、その力の向きに距離だけ動かすとき、Fxをその力の仕事、または、力を及ぼしたものが物体にした仕事という。』第一学習社:物理基礎

 他社の教科書もほぼ同様な記述だが、ここでの「物体」とは質点だけを意味してはいない。人が乗って道路を走る自転車も、エンジンで走る車も、歩道を歩く人もジョギングする人も、公園のブランコで遊ぶ子も、健康維持のためにスクワットをしている人も、そして極楽から垂らされた蜘蛛の糸を途中まで登ったであろうカンダタも、豆の木を登ったジャックも、力学では「物体」として扱える。

 しかし、日本物理学会からのお達しによれば、理化学辞典の定義、つまり、「仕事=力と作用点の変位との積」が、物体一般に対する仕事の定義であり、高校の教科書での仕事の定義は、「物体」を質点、あるいは質点とみなせる場合に限定した定義であり、それを物体一般に適用することは罷りならぬとのことである。

 もし、それを、ごもっともと認めるなら、高校の力学は、質点を扱うだけの、まったく面白くないものになってしまう。日本物理学会の岩盤規制に力学的な根拠はあるのだろうか。

 教科書の仕事の定義を物体一般に適用すると、自転車で道路を走るとき、自転車が、道路から受ける水平抗力が仕事をすることになる。しかし、作用点の動かない抗力が仕事をしてはならない理由はない。ニュートンの運動法則は抗力を特別扱いしてはいない。抗力を他の力と区別する理由はない。

 抗力が仕事をすることを認めれば、自転車の運動におけるエネルギーの流れは次のように説明できる。①後輪にとって人の筋力は外力であるから、筋力は後輪の回転運動に仕事をして後輪を回転させることができる。②後輪が道路に接地していれば、後輪の接点に、道路から前向きの水平抗力が働く。③その抗力は後輪の回転運動に負の仕事をし系の並進運動に正の仕事をする。④系に前向きの並進運動が生じ、前輪には道路から後ろ向きに水平抗力が働く。それは並進運動に負の仕事をし、前輪の回転運動に正の仕事をする。⑤人がペダルを踏んで生み出した力学的エネルギーが後輪の回転運動、系の並進運動、そして前輪の回転運動に行き渡る。

 岩盤規制に力学的な根拠はない。それは抗力が仕事をするはずはないという先入観の産物であり、直ちに撤廃すべきである。教科書の仕事の定義は系の並進運動に対する仕事であり、理化学辞典は、外力が系全体にする仕事である。理化学辞典の仕事だけではドンブリ勘定するほかなくなる。

 15のときより、60年、筆者にとっての物理の魅力は、ごく少数の基本原理だけで自然界のしくみが理解できることであった。→縁日の思い出 

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