物理教育の赤ちゃん返り

1. はじめに 

 70年前、小学校で作用反作用の法則を習った。「人は歩くとき、地面をうしろに蹴り、その反作用として、前向きの力を地面から受けるから歩けるのだよ」と。その後、大学で物理を専攻し、教職に就いたが、定年退職後、「抗力が仕事をすると教えてはならない」と聞いて驚いた.

 ニュートンは、そんなこと言ってないと思うが、なぜか物理教育の「掟」として定着しているようである。地上は車社会となり、宇宙ステーションに人が滞在する現在、走っている車はエンジンが仕事をしてそのエネルギーで走ることは、普通の小学生にも分かる。さらに,エンジンが仕事をすれば、地上では走れるが、宇宙空間では走れないことも、丁寧に、ゆっくり教えれば小学生にも分かる.まして、数学で集合論を習う現在の高校生なら、ガソリン車では、エンジンの仕事は必要条件だが、それだけでは十分条件でないこともわかろう。

2. 掟がつくられた背景 

 日米の物理教育関連学会は道路から受ける抗力は、作用点が動かないので仕事をすることはできないと言う。抗力は、その作用点が動かないのは確かだが、作用点が動いても動かなくても、力が働いた向きに物体の重心が動けば、重心運動は運動量とともに、運動エネルギーを得る。抗力のする仕事を否定すれば、車が重心運動のエネルギーを得るしくみを説明できない。

 車の駆動輪は、エンジンと道路の両方から力を受ける。エンジンは駆動輪を回転させようとし、道路から受ける抗力は、それを妨げようとする。駆動輪が道路から受ける抗力が駆動輪の回転運動に逆まわりの力のモーメントとして働き負の仕事をし、同時に車の重心運動に正の仕事をするので、地上では車の重心運動にエネルギーが伝わることができる。それで不都合なことは何もないが、仕事の問題に限り、掟の誕生により、それまでの物理教育は、「あんよのおけいこ」をしていた遠い昔に赤ちゃん返りをしたようである。

3. Pseudowork説の誤り

 40年まえにアメリカで発表されたPseudowork説によれば、抗力が仕事をすればエネルギー保存則に反するという。しかし、抗力は仕事をするときは、車の場合のように、必ず異なる二つの運動に常に正と負の一対の仕事をするので、エネルギー保存則に反することはない。一対の仕事を切り離し、一方だけを槍玉に上げ、エネルギー保存則を議論することが誤りである。

 抗力の仕事を、一旦は、作用点が動かないという理由で否定しながら、Pseudoworkと名づけるだけで、すべての疑問が払拭されるとは、有難い学説だがまったく中身がない。物理教育は、40年前のその時点で、思考停止に陥り、赤ちゃん返りをして、人が歩くのも走るのもジャンプするのもPseudowork説にたよらなければ説明できなくなったようである。運動法則に反した稀代の奇説を鵜呑みにし、抗力のする仕事を一切否定したことが、赤ちゃん返りの原因ではないだろうか。

4. 技術に取り残された物理教育 

 掟に縛られ不毛な議論をしている40年の間に、科学技術は急速に発展し、ガソリン車からEV車に変わろうとしている。エネルギーを生み出す仕事より、エネルギーを伝える仕事1)が重要になった時代に、掟を守り、抗力のする仕事を頑なに否定し続ける物理教育は、科学技術の進歩から完全に取り残されている。

5. 正しい赤ちゃん返りの勧め

 もつれにもつれた抗力と仕事の問題を、もう一度力学の原点に戻って考え直すなら、今が絶好の機会。既成概念にとらわれず、一から再検討すべきである。ただし、今度は、掟やPseudowork説ではなく、運動法則に基いた赤ちゃん返りをお勧めしたい。

 歴史を振り返れば、科学の進歩に試行錯誤は避けられない。行き詰ったとき、赤ちゃん返りして、「ハイハイ」や「あんよのおけいこ」からやり直すことは、恥じることではない。勇気を要するが、無駄なことでもない。しかし、このまま放置するなら物理教育は自らの存在意義を失おう。

6. まとめ

 高校物理教科書の仕事の定義は抗力のする仕事を否定していない。また、ニュートンの運動法則も作用点が動くか動かないかで力を区別していない。三つの運動法則のどこにも、作用点の変位なる物理量は存在しない。

 理化学辞典での仕事の「作用点の変位」とは、力を及ぼす側、つまり、動力源の力に関する情報であり、力を受ける側の運動に関する情報は含まれていない。その仕事は動力源が系に与えるエネルギーの総量であり、そのエネルギーが系内で個々の運動にどう配分されるか、それとも、系内で熱になって失われるかについては、あずかり知らない仕事である。

 理化学辞典に定義されている仕事は、動力源が系に与えたエネルギーの総量を知るには必要な仕事だが、それだけでは、総額だけで明細の記載にないボッタクリ業者の請求書と同じである。仕事にも全体に対する仕事と、個々のエネルギーの増減に関わる仕事の二層構造が存在する2)。そして後者の仕事は抗力のする一対の仕事によって結びついている。抗力を含む仕事を否定しては、複合運動を説明できない。

 抗力は、静力学において、力のつり合いを支えているだけでなく、エネルギーを創り出すことはできないが、動力学においても、正負同時一対の仕事をすることによって、エネルギーの移動をしっかりと支えている。

1)後藤信行「抗力の仕事を邪魔者扱いしない力学養育を」大学の物理教育31-(2025)116

2)力学教育の盲点と錯覚と仕事の二層構造

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