通常走行とエンジンブレーキとEV車

 ガソリン車が平地を一定速度で通常走行するとき、エンジンは車の駆動輪に仕事をする。しかし、エンジンの仕事は、車が走るための必要条件ではあるが、それだけでは充分条件ではない、エンジンが仕事をして駆動輪が回転するが、道路から進行方向に抗力が働かなければ、並進運動に力学的エネルギーは伝わらず、車は走れない。側溝に落ち脱輪した車のアクセルを踏んでも、駆動輪が空転するだけである。

 道路から駆動輪(前輪)に働く水平抗力は静止摩擦力であり、その作用点は動かないが、仕事をするときは、車の並進運動と駆動輪の回転運動とに、同時に正と負の仕事をしている。通常走行では、エンジンは駆動輪の回転に仕事をし、道路から駆動輪に働く抗力Fは、図のように進行方向に向き、車の並進運動には正の仕事をするが、それと同時に駆動輪の回転運動に対しては逆回りのトルクとして働き負の仕事をしている。抗力の仕事はエネルギーを生み出さないが、正と負の仕事を同時にすることによって、エネルギー保存則に反することなく、駆動輪の回転のエネルギーを並進運動のエネルギーに変換している。並進運動のエネルギーは最終的には摩擦によつて熱になるので、通常走行の場合のエネルギーの流れは次のようになる。⓵エンジン⇒②駆動輪の回転運動⇒③並進運動⇒④熱。①から②の過程ではエンジンのする仕事が必要だが、②から③への過程で抗力のする「正負同時一対の仕事」が必要になる。

 抗力のする正負同時一対の仕事はエンジンブレーキでも重要になる。雪の降る下り坂では減速するのにフットブレーキを踏むと車輪がスリップして危険だから、エンジンブレーキで減速させる。エンジンを停止させるので、エンジンは駆動輪の回転運動に仕事をしない。しかし、下り坂だから、位置エネルギーが運動エネルギーに変わるので並進速度は増す。そのため、斜面から受ける抗力Fは、図のように後ろ向きになり、今度は抗力は並進運動に負の仕事をし、同時に駆動輪の回転運動に正の仕事をする。さらに、エンジンに戻されたエネルギーはエンジンのピストンの往復運動のエネルギーになり、シリンダーの中で摩擦エネルギーになって失われる。エンジンブレーキの場合、抗力の向きは通常走行の場合とは逆向きになり、エンジンは仕事をされる側になり、エネルギーの移動は次のようになる。⓵位置エネルギー⇒②並進運動のエネルギー⇒③駆動輪の回転エネルギー⇒④ピストンの運動エネルギー⇒⑤熱。エンジンブレーキの場合も②から③への過程で抗力のする「正負同時一対の仕事」が必要になる。通常走行とエンジンブレーキをかけながらの走行とでは、エネルギーの変換の向きが逆になり、水平抗力の向きも図に記入しているように逆になる。

 エンジン車では、エンジンに回収されたエネルギーは、シリンダー内で熱として失われるが、EV車では回収されたエネルギーはバッテリーに保存される。通常走行では、モーターは電動機になり、エンジンと同じ役目をし、駆動輪の回転運動に仕事をする。しかし、下り坂では、モータは発電機の役割をして、位置エネルギーを電気的エネルギーとしてバッテリーに回収している。仕事には、エネルギーを生み出す仕事とエネルギーを変換する仕事がある。エンジン車では前者が主役で、後者は脇役に過ぎないが、EV車では、力学的エネルギーを生み出す仕事よりも、エネルギーの変換のための仕事が重要になる。EV車では、原理的にはエネルギーを創り出さず、エネルギーを変換しているだけであり、エネルギーの向きは抗力の向きだけで決まる。位置エネルギーの極大点と極小点で抗力の向きが変わるごとにエネルギーの流れに向きが変わり、そのたびにモーターも、電動機と発電機の役目が変わる。

 抗力は作用点が動かないという理由で抗力のする仕事を否定するなら、通常走行だけでなく、エンジンブレーキのしくみも、EV車のしくみも説明できなくなる。ニュートンの運動法則は、作用点が動くか動かないかで力を区別していない。また、高校物理教科書も、力学の章では、仕事は運動法則に準拠して定義されている。物体に力が働き、物体が動いたとき、力がした仕事は、力と物体の変位との内積である。抗力などの作用点が動かない力がする「正負同時一対の仕事」は運動法則に基づいた仕事である。誤概念に囚われた力学教育は技術の進歩から取り残されよう。

参考:力学の国のアリス   物理の先生に解いてほしい力学問題

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