モグラと学ぶトポロジー

1. オイラーの多面体定理

 球や楕円の表面に多角形を貼り付けてつくられた多面体の頂点の数をV、辺の数をE、面の数をFとすると、オイラーの多面体公式

   V-E+F=2   (1)

が成り立つ。

 ビッグバンのときの残光が、現在も宇宙の背景輻射として存在すると予言した物理学者ジョージ・ガモフによる啓発書、ガモフ全集のなかの一つ「1,2,・・・∞」を読んだ60年前、そこで初めて出会った(1)式は、最近では、高校の数学教科書にも載っている。左辺のE-V+Fをオイラー数と呼び、それをεとすると、球や楕円体に、大小様々な多角形を貼りめぐらした多面体のオイラー数εは2になる。

  図1 直方体の展開図

 オイラーの多面体定理が、直方体で成り立つことを示してみよう。図1において、まず、①図の直方体の一つの面を取り外して、②図のように平面に押し広げると、(1)式が正しいなら、②図では、Fが一つ減っているので、オイラー数εは1である。②の5個の面のそれぞれに対角線を引くと、1本引くごとに、Eが1増え、Fも1増えるので、③図でもεが1であることに変わりはない。次に③において、一番外側の辺を取り去ると、Vは変わらず、EとFが1だけ減るので、③から④へ移る過程でもεは1のままである。さらに、④から⑤の過程では、VとFが1減り、Eが2減るので、⑤でもεは1である。最後に三角形が残るが、そのεは1である。以上の操作を逆に辿れば、直方体ではεが2であることが分かる。

図2 サッカーボール

 同様な方法で他の多面体も、εの値は2になる。図2のサッカーボールでは、V=60、E=90、F=32 であり、εは2である。

 球はもとより、次の図3に示す2つの立体図形(立体に見えないが立体のつもり)も、多角形を貼りつけて囲めば、どれもεは2になる。

 図3 楕円体と変形した球

さらに、どの立体も、それをいくつかに切り分けても、それぞれを囲んで作られた多面体のεは2になる。

 余談だが、表面には伝導性があり、内部は絶縁体になる物質が存在する。その物質を二つに切り分ければ、その切り口も新しい表面になり、伝導性が現れることから、トポロジカル物質と呼ばれている。

2. モグラの穴のオイラー数

 オイラーの多面体定理から、球や楕円体に対ては、ε=2だが、球や楕円体の類の立体図形に穴やトンネルを開ければ、オイラー数はどうなるだろうか。

 我が家の庭には、あちこちにモグラが出没し、穴を掘っているが、出入り口が一つだけの穴を掘っただけでは、いくら深く掘っても地球のオイラー数εは変わらない。しかし、モグラが入り口から出口まで貫通したトンネルを掘ると、地球のεが変わる。モグラを使って地球に見立てた球体にアメリカまで貫通したトンネルをつくる工事計画書を作成したので紹介しよう。

 多角形のタイルが貼り巡らせた球体の2ケ所をトンネルの入り口と出口に選び、そこの二つの多角形のタイルを外すと、εは2減って0になる。入り口から出口に向かって、モグラが貫通したトンネルを掘るとともに、トンネルの壁にも多角形のタイルを貼りめぐらせれば完成だが、その図形のεはどうなるだろうか。

 図4 トンネルの凸型模型と凹型構造

 モグラが完成させたトンネルの内部を知るために、モグラには一旦外に出てもらって、歯科技工士さんに、歯形をつくる要領でトンネル内の凸型模型を作ってもらえばよい。それが図4の左図だとすると、そのオイラー数は2である。その凸型模型から、トンネルの内部は右図のような凹型構造をしてことが分かる。トンネルの側面も、入り口と出口の面は不要だから、そのオイラー数は凸型模型のオイラー数より2少ないので0になる。多角形を2枚外された球面とトンネルの側面を組み合わせた図形もεは0である。図4右図の立体図形のオイラー数は0であることが分かる。

 トーラスとトンネルのある球

 二つの立体図形を延ばしたり縮めたり、変形するだけで、切り離すことなく両者を同じ形状にすることができるとき、二つの図形は同相であるという。同相であるためにはオイラー数εが同じでなければならない。図5の二つの図形、さらに円筒やコーヒーカップなど穴がある立体も同相であり、εは0である。

            図6 ε=ー2の図形

図6の三つの図形は、トンネル、または穴が二つであっり、貫通しているので同相であり、オイラー数はー2になる。中央の図は一見、他の二つと同相に見えないが、横トンネルが縦トンネルと一緒になる出口を球面上に動かすことができるので同相である。図3と図5、そして図6の三つのグループは、グループ内の図形どうしは同相だが、異なるグループの図形とは、同相ではなく、異なる「顔」を持つ図形になる。

 このあたりで、一度、話を整理しておこう。球体や、それと同相の図形に、貫通したトンネルや穴を個掘ると、オイラーの公式は次のように拡張できる。

 V-E+F=2-2g     (2)

 (2)式はオイラー・ポアンカレの公式とも呼ばれている。gは、図3では0、図5では1、図6では2であるから、εは、それぞれ、2、0、-2になる。オイラーもポアンカレも、あとで述べるプラトンも偉大だが、我が家の庭のモグラ達も負けてはいない!彼らが貫通したトンネルを一本掘るごとに、地球のオイラー数が変わるのだ!

3. 内部に空洞を持つ立体図形

 外部から遮断された空洞が内部にあれば、多面体定理はどうなるだろうか。トンネルや穴では、その側面も、図形の表面の一部になるが、内部に孤立した空洞がある場合は外部の表面とは繋がらないので、一般には空洞については考えない。しかし、空洞を考えることによって、新たな発想が生まれるので、ここでは敢えて、空洞が存在する場合も考えておこう。

 引き籠りモグラが球体に穴をほり、誰も入れないように、入り口も出口もない空洞をつくり、空洞の壁をタイル張りにしたとしよう。そこに外部から別のモグラが内部に通じるトンネルを掘り、空洞につながったらオイラー数はどうなるだろうか。

図7 空洞のある球体に穴を開ける前と後

 穴やトンネルの内部と区別するために、空洞は青色で示すことにする。図7は空洞に穴を開けるbefore(左図)とafter(右図)である。空洞の内部まで考えると、左図では、外部も内部も球面であり、そのεが2だから、空洞のある球のオイラー数は4になる。つまり、内部に、球形の空洞があれば、オイラー数は2増える。右図ではトンネルの面も空洞の内面も外部の表面と同じであるから、トンネルが開通した瞬間、εは2減り、空洞は空洞でなくなり、球体と同相になる。

図8 トーラス型の空洞に穴を開けた場合

 次に、空洞自体が、図8のAのように、トーラスの場合には、空洞でも、そのトーラスのεは0だから、空洞がトーラス型であれば、その有無はオイラー数に影響しないので、図Aのオイラー数は空洞のない球と同じく2である。空洞を考慮すると、オイラー数が等しくても、同相だとは限らない。図Aの内部の構造は空洞の部屋の中央に、天井と床を繋ぐ柱が存在すると考えると分かりやすい。空洞に通じるトンネルを掘るとB図になるが、そのεは2から2だけ減り0になるので、トーラスと同じになる。図Bが実際にトーラスであることを示すには、外部に通じるBの穴から手をいれ、中の柱を握って穴から外部に引き出せばよい。その結果は図Cになる。これはトーラスやコーヒーカップと同相であることが分かる。つまり、図8のAのεは、2だが球と同相ではない。BとCのεは0であり、どちらもトーラスと同相である。

 二つの図形が同相であるためにはオイラー数が等しくなければならないが、オイラー数が等しくても二つの図形が同相とは限らない。オイラー数が等しいことは同相であるための必要条件であるが、十分条件ではない。空洞を考えるとオイラー数は同じでも同相でない例が生じるが、同様にオイラー数が等しくても同相にならない別の例を考えてみよう。

4.結び目のあるトンネルとコーヒーカップ

図9 同相でないトンネル

 図9は二匹のモグラが掘ったトンネルだが、モグラにも方向音痴がいたのだろうか、左図のトンネルには結び目が存在している。左右二つの図はオイラー数はどちらも0であるが左右のトンネルには結び目の有る無しの違いがある。切断することなしに、左図をどのように変形させても、結び目のない右図のトンネルにはならない。つまり、左右の図形のオイラー数は変わらないが、同相ではない。

図10 同相でないコーヒーカップ

 さらに、結び目のあるモグラのトンネルに触発された前衛陶芸作家が図10の左のような結び目のある取っ手がついたコーヒーカップを作成した。オイラー数はどちらも0だが、二つのコーヒーカップは同相ではない。右図は通常のトーラスだが、左図は結び目のあるトーラスになっている。結び目理論もトポロジーの一つの分野である。

5.プラトンの正多面体 

 同一の正多角形からなる多面体をプラトンの正多面体という。ある正多面体がℓ 枚の正n角形のタイルを貼り合えて作れるとすれば、貼り合わせる前の頂角の総数も辺の総数もℓn個である。次に貼り合わせるとき、頂点の一つをm個の正多角形が共有すれば、完成した正多面体の頂点の数はnℓ/m 個、辺は二つの正n角形が共有するので、nℓ/2 個になる。正多面体でもオイラーの公式は成り立たなければならないので、オイラーの公式(1)に、V=nℓ/m、E=nℓ/2、F=ℓを代入すれば、

 となる。(3)式を満たす自然数 を求めればよい。(3)式から、該当する正多面体の多角形は、正三角形、正四角形、正五角形以外には存在しない。その頂角は、それぞれ、60°、90°、108°であるから、n=3,つまり、正三角形に対しては、mは3と4と5、n=4に対しては3のみ、n=5では、mは3のみとなる。結局(n,m)の組合わせは(3.3),(3,4),(3,5),(4,3).(5,3)の5組だけに限られる。n とm が決まれば、(2)式からℓ が決まるので、5組に対し、それぞれ、頂点、辺、面の数が決まり、正多面体は次の5つだけになる。

ここで、完成した頂点の数Vと面の数Fを入れ替える操作をすると、正4面体では自分自身になり、正6面体と正8面体、および正12面体と正20面体とでは互いに入替る。

6.伝説的大学入試問題

数年前に大阪大学の入試に次のような数学の問題が出題された。

  与えられた式が正多面体に対するオイラーの式(3)と同じであることに気づけば簡単だが、、もともと、オイラーの式自体を知らなくても、与式の左辺の括弧のなかは正であることから、         

が成り立たなければならない。(4)式の左辺は自然数の和であり、右辺は自然数の積の半分だから、二つの自然数を大きくしていくと左辺の値はゆっくり増えるが、右辺は急激に増える。つまり、二つの自然数には上限が存在する。さらに(4)式はmとnを入れ替えても変わらない。以上からmとnの組み合わせには先に述べた5組しかないことが分かる。

7.Jr.Dr育成塾受講生の君たちへ

 多面体の公式は最も美しい式のNo.2に選ばれたそうだが、No.1は、小説「博士の愛した式」でも紹介されている次の式である。            

虚数と2つの無理数、それに0と1の二つの整数が一つの式に同居している不思議な式だが、これもオイラーの公式と呼ばれる次の式;    

にθ=πを代入して得られる。ランキングの上位二つをオイラー関係の式で独占した形だが、(6)式は物理だけでなく、工学系でも頻繁に用いられ、複素解析やフーリエ解析にとって極めて重要な式である。虚数を排除すれば量子力学の記述も困難になる。関数の級数展開から(6)式を証明できるが、そのためには微分積分の知識が必要である。 それに対し、多面体定理は予備知識をほとんど必要とせず、パズルやゲーム感覚で解ける。ぜひ、家族で楽しんでほしい。

 やがて、Jr.Dr育成塾の仔馬君たちも厩舎を旅立ち、高校や大学で物理や数学を学び、心に残る美しい数式に出会うこともあろう。単なる公式ではなく、その内容を理解するのは容易ではないがその困難を乗り越えたとき、思索する楽しさと発見する感動を体験できよう。我が家の庭にせっせと穴を掘りながら、モグラ君たちもそう言っている。

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