振り子の張力が仕事をしない本当の理由

 敢えて「本当の理由」としたのは、「作用点が動かないから」とする「本当でない誤った理由」が罷り通り、物理関係者の多くがそのことに気づいていないようだからである。振り子では、重りを吊るしている糸の張力の作用点が動かないのも、その張力が仕事をしないのも確かな事実だが、ブランコの鎖の張力は、作用点が動かないにも関わらずブランコの重心運動に仕事をしている。

図1 ボタフメイロ振り子

 スペインの教会の大聖堂にボタフメイロと呼ばれる巨大振り子がある。その模型として図1のように、固定点0に取り付けた滑車を通して糸の端Sを左右に動かすことのできるボタフメイロ振り子を考えてみよう。まず、Sを固定した状態で振らせると、ボタフメイロは0点を支点とする単振り子と同じになり重りは0を中心とする円弧上を描く。さらに張力の強さは遠心力のため、0点の真下B点で最大になり、振れの折り返し点のAやCでは小さくなる。

 Sを右に動かすと張力は正の仕事をし、左に動かすと負の仕事をするが、もし、張力の強さが一定なら正と負の仕事の絶対値が等しくなり、Sを往復運動させても正味の仕事をすることはできない。しかし、張力の強いB点を通過する前後の時間帯で右に動かし、A点やC点で左に動かせば、Sを往復運動させることによって正味の仕事をすることができ、ボタフメイロの揺れは大きくなる。重りから0点までの糸の長さも糸の角度も変化し、ボタフメイロ振り子が1往復する間にSは2往復するので、重りは∞形のリサージュ図形を描く。さらに重りの動く向きによって、リサージュ図形には図2のような二つの軌道が考えられる。

図2 二つのリサージュ軌道

 ボタフメイロの振れを増幅させるためにはα軌道を描くようなタイミングでSを動かせばよい。しかし、タイミングがずれて逆向きに動くβ軌道では張力は負の仕事をするので振れは減衰する。S点を動かして手が振り子にする仕事を正の仕事とすれば、負の仕事とは、振り子の運動が人の手にする仕事であるが、手はそのエネルギーを蓄えることができないず手の筋肉のなかで熱エネルギーとして失われる。重りがB点を通過するとき、張力方向と重りの運動方向はα軌道では鋭角になり、β軌道では鈍角になる。そして、重りが円弧を描く単振り子では、いつも直交している。

図3 ヨーヨー

 図3に示すおもちゃのヨーヨーでも、ボタフメイロと同じく、人の手を上下に往復運動させて糸を引っ張るが、そのタイミングが重要になる。ヨーヨーの糸をつかんでいる手が静止している状態では、ヨーヨーの上下運動はすぐに減衰する。ヨーヨーが最下点に来たとき、非弾性衝突をするためだが、その衝撃は糸を通して手に伝わるので簡単に衝突を体感できる。衝突によって、ヨーヨーは重心運動のエネルギーを失うが、回転運動のエネルギーは保存されるので、ヨーヨーは糸を巻き取りながら上昇する。しかし、非弾性衝突でエネルギーを失っているので元の高さまでには上昇できない。

 ヨーヨーを振らせ続けるには、手を上下に動かして、非弾性衝突で失われるエネルギーを補給しなければならない。手を上下させ張力を通してヨーヨーに仕事をするには、糸の張力はヨーヨーが上昇するとき強く、下降するとき弱いことを利用して、下降するとき手を下げ、上昇するとき上げれば効率よく仕事をすることができる。ボタフメイロが重力場の中での質点の単一運動であるのに対し、ヨーヨーは剛体の重心運動と回転運動とが連動した複合運動であるが、その要領は糸の張力が強いとき引き上げるという点では同じである。

図4 ブランコの重心の軌道

 ボタフメイロもヨーヨーも動力源は外部に存在するが、ブランコの動力源はブランコの内部に存在する。フランコを振らせるためには、漕ぎ手はブランコの上で屈伸運動をするが、ブランコ全体の重心が、ボタフメイロと同じくα軌道を描くように屈伸運動をすれば(図4)、張力が重心運動に仕事をして振れが大きくなる。しかし、ブランコを吊るしている鎖の支点は単振り子と同じく動かない。ブランコの動力源である漕ぎ手が仕事をしているのは漕ぎ手自身の屈伸運動に対してであり、ブランコの張力は屈伸運動に負の仕事をし、同時に重心運動に正の仕事をすることによって、屈伸運動によって得られたエネルギーを重心に伝えている。ブランコの張力が同時にする正と負の一対の仕事はブランコの全体の力学的エネルギーを増やすことはできないが、張力のする仕事を否定しては、重心運動が力学的エネルギーを獲得する仕組みを説明できない。

 ブランコの運動をパラメトリック励振として説明するには物理だけでなく、高度な数学が必要だが、張力の強さの変化から説明すれば、中学生にも理解できる。そして、単振り子の張力が仕事をしない理由として「作用点が動かないから」という説明は間違いであることが分かる。ボタフメイロでは作用点が動き、ブランコでは作用点は動かないが、両者の運動は作用点が動いているか否かに関わらず、張力の方向と運動方向とが鋭角であれば、張力も重心運動に仕事をすることができることを示している。

 単振り子もボタフメイロも重力場のなかでの重心運動であり、その運動だけからは、単振り子の張力が仕事をしない理由が、その作用点が動かないためか、張力と運動方向との内積が0であるかは判定できない。しかし、ヨーヨーでは手の動きを止めても、ヨーヨーは非弾性衝突で重心運動のエネルギーを失った後も上昇することができる。その場合、張力の作用点は動かないが、張力はヨーヨーの回転運動に負の仕事をして、重心運動に仕事をする。作用点が動かない力は仕事をしないと言えるのは、単一運動の場合だけである。重心運動と回転運動が連動しているヨーヨーや、重心運動と変形運動が連動するブランコでは、二つの運動の間でのエネルギーの受け渡しには作用点の動かない力のする仕事が必要になる。

 車が停止しているとき、車に働く力は重力と道路から働く垂直抗力である。このとき垂直抗力は重力と釣り合っている。車が加速し始めると重力と垂直抗力のほかに、車の駆動輪のタイヤに前向きの水平抗力が働く。水平抗力は道路から受ける静止摩擦力であり、その作用点は動かないが、車の並進運動に仕事をしている。車の駆動輪の回転運動に仕事をするのはエンジンであるが、水平抗力がなければ、車の駆動輪は空転するだけで、そのエネルギーが並進運動に伝わらない。水平抗力は駆動輪に逆まわりのトルクとして働き負の仕事をして同時に並進運動に正の仕事をしている。つまり、水平抗力は駆動輪の回転に負の仕事をすることによって、駆動輪の回転からエネルギーを貰って、そのエネルギーで並進運動に仕事をしえいる。

 車が加速する場合も垂直抗力は仕事をしないが、それは垂直抗力の作用点が動かないからではなく、垂直方向の運動が存在しないからである。しかし、人が床に屈んでいる状態から立ち上がるときは、床から垂直抗力を受け、上向きの重心運動が生じる。この場合も動力源は人の足腰の筋力であり、その仕事の対象は人自身が足腰を伸ばそうとする変形運動である。床からの抗力は変形運動に負の仕事をして重心運動に正の仕事をする。

 単振り子の張力が仕事をしない「本当の理由」は「作用点が動かないから」ではなく、「張力の方向と運動方向とが直交しているから、両者の内積が0だから」である。高校物理教科書には仕事の定義として、物体に力Fが働いたとき、物体がdrだけ変位すれば、そのとき力が物体にした仕事はF・drであると明記している。drは力Fの作用点の変位ではなく、物体の変位である。また、教科書には質点についても明確に定義しているので、教科書の仕事の定義での、物体とは、文字通り物体一般を指し、物体と書きながら質点に限定した定義などではない。 

 ガリレオ・ガリレイはピサの大聖堂のシャンデリアが揺れる周期を自分の脈拍で測定し振り子の等時性を発見したという。そして、ガリレイの没年に生まれたニュートンが完成させたニュートン力学の運動法則には、何処を探しても、作用点が動くか動かないかで力を区別していない。天井から受ける張力や道路から受ける抗力は、作用点が動かないのでいかなる場合も仕事をしないとする考えは、力学と熱力学での仕事を混同した結果、物理関係者の多くが陥っている力学的根拠のない「誤概念」である。

コメント

タイトルとURLをコピーしました