おむすびの形と物理教育

 おむすびころりん、すっとんとん。ねずみの穴にころがり落ちたおむすびの形が三角形だったか丸かったかは知らないが、ある程度の傾斜があれば、三角形のおむすびでも山の坂道を転がることはできたであろう。しかし、おむすびにかぎらず、物体が斜面を転がるとき、三角形よりも、円柱や球のように、カドのないほうが転がりやすいことは明らかである。

 例えば、円柱を斜面に沿って転がせば僅かな傾斜でも転がるが、正n角形の柱状物体が転がるには、一回転するごとに、斜面とn回非弾性衝突をして、力学的エネルギーを失うので、余分のエネルギーが必要になり、かなりの傾斜がなければ転がらない。しかし、円柱なら非弾性衝突をしないので、転がせば、傾斜のない水平面でも慣性だけで遠くまで転がることができる。

 角の数nが∞の極限では、正n多角形も円になり、滑らかに転がるが、それなら、最初から円柱について考えても同じことであろう。しかし、物理教育のなかにも流派があり、いろんな兵法が軍師によって考案された群雄割拠の戦国時代のように、転がり運動の解釈も流派によって異なるようである。

 ある流派では、自転車や車の車輪でも、完全な円では転がることができないと主張し、角ばった多角形で置き換えて考えなけれはならないという。自転車や車の重みで車輪や道路に変形が生じることは考えられるが、変形や衝突は転がるのを妨げる要因になっても、転がりやすくなる要因にはならない。丸いものは丸いままで、角ばったものは、角ばったままで考えるべきであり、変形説は日常経験に反している。自転車の車輪を正多角形にしても、強靭な足腰の持ち主なら、ガタガタと上下運動をしながらも走れるとは思うが、一般人には不可能ではないだろうか。

自転車に働く水平抗力

 自転車が道路を走れる理由は、無理に車輪の変形などを考えなくても、自転車の車輪が道路から受ける水平抗力が、自転車の並進運動と後輪の回転運動とに、正と負の仕事を同時にすると考えれば容易に説明できる。ここで、水平抗力は摩擦力であり、滑らなければ静止摩擦力であるから、その上限が存在するが、急激な加速でない限り、通常の道路での通常の走行であれば、最大静止摩擦力を越えて滑ることも、車輪が大きく変形することもない。

 人がペダルを踏めば、後輪が地面から浮いている状態でも、自転者の後輪は回転するが、自転車は進めない。しかし、後輪が地面に接した状態でペダルを踏めば、後輪は前向きの水平抗力Fを地面から受ける。上図において、Fは、右回りに回る後輪の回転とは逆向きの左回りのトルクとして後輪に働くので、後輪の回転に負の仕事をする。同時に並進運動には、運動方向と同じ向きに働くので正の仕事をする。後輪の回転運動に正の仕事をしてエネルギーを生み出しているのは人の筋力であるが、抗力Fは後輪の回転に負の仕事をすることによって、その回転から、エネルギーをもらい並進運動に仕事をしている。一方、前輪では、後ろ向きに働く水平抗力fが並進運動に負の仕事をして、前輪の回転運動に正の仕事をしている。 

 物が転がるという日常ありふれた現象にもかかわらず、混乱が生じている原因は、作用点が動かない力は仕事をする筈がないという思い込みによる。40年前にアメリカから輸入された説を信奉する別の流派では、自転車の後輪に働く水平抗力Fは作用点が動かないので、仕事をしないと主張する。では、なぜ自転車は、走ることができるのか、その問には、水平抗力は、通常の仕事をすることはできないが、Pseudoworkと称する仕事に似て仕事でない未知の仕事をするためだという。一旦、仕事をするはずはないとされたにも関わらず、Pseudoworkという名前の仕事なら、作用点の動かない抗力もその仕事をすることになるのだろうか。pseudowork説は、仕事の名前を変えただけのロンダリングである。抗力のする仕事は、静力学や、単一運動の仕事には現れないが、いくつかの運動が連動した複合運動では、運動間のエネルギーの受け渡しをするのに不可欠な仕事である。

 運動法則は、力の作用点が動くか動かないかで、力を区別していない。「抗力は作用点が動かないので、抗力が仕事をすると考えてはならない」とする根拠は、ニュートン力学には存在しない。一部の流派のなかでしか通用しない「ムラの掟」に過ぎない。今、物理教育界は、それぞれのムラの掟を守るために、四苦八苦して策をめぐらし、その策に溺れていないだろうか。物理教育はこの件に関する限り、ムラの掟だけが横行し、ニュートンの運動法則が踏みにじられた無法地帯になっていないだろうか。

 科学の発展のためには奇想天外な発想も必要であるが、運動法則に反した力学の議論はどこかでほころびが生じる。これまでも再三に亘って、物理関係者にお勧めしてきたが、村八分を恐れず、勇気を出して、偶にはムラの掟に背いた思考をしてみたらどうだろうか。それほど難しいことではない。次の問題にニュートン力学を素直に適用して解くだけである。→物理の先生に解いてほしい力学問題。ムラの掟から解放されたとき、閉塞した物理教育に新しい景色が現れよう。

 

 

 

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