1.はじめに
図1のようにバネと重りと糸で振り子をつくり、固定点からぶら下げる。釣り合って静止した状態に上下振動を与えたとき、上下振動が安定に持続するとは限らず、糸の長さによっては横揺れが生じる場合がある。
糸の長さをある長さに調節し、重りに上下振動を与えると、最初は上下振動だけだが、しばらくすると、重りに横揺れが生じる。上下振動と横揺れ振動とが交互に生じ、一見、連成振動に似ているが、通常の連成振動が二つの重りの運動であるのに対し、バネ付き振り子は一つの重りの運動である。バネの質量が無視できれば、質点と見なせる重りが、重力とバネの力を受けて運動している。重力もバネの力もポテンシャルで表すことのできる保存力である。重りは重力とバネの力でつくられる保存場ののなかを力学的エネルギーを保存しながら運動をしている。つまり、重りの運動エネルギー+重力による位置エネルギー+バネによる位置エネルギーを一定に保ちながら運動する。
2.実験事実
初期条件として、上下運動だけを与えたとき、バネ付き振り子の重りはどのような運動をするかは、こま実験小僧こと村岡英明氏の動画が分かり易い。その動画では横揺れの振動面が最初から固定されているが、図1の場合では、静止状態では鉛直軸のまわりに回転対称であるから横振動の振動面はあらかじめ決まっていない。その違いはあるが、どちらも面内に横揺れが生じるとそれが増幅し、逆に縦振動は減衰する。縦振動がなくなった途端、今度は横揺れは減衰に転じ、再度縦振動が生じて、それが増幅する。縦振動のみになると、再び横揺れが生じるが、その振動面は、図1の場合には、最初に横揺れが生じたときの振動面とは無関係のようである。
振動面が固定されていても固定されていなくても、バネ付き振り子の重りの運動は、次の図2のように左図のバネ振動と右図の振り子振動との間を交互に行き来している。
ここで、再度、前述の動画を見て頂きたい。縦振動から横振動に移る途中、あるいは逆に横振動から縦振動に移る途中では、重りは横8文字の運動をしているが、さらに、よくよく観察すると、重りが描く横8文字運動には、次のように、二種類が存在することが分かる。
図3の左右二つの図では、重りの軌跡だけを見れば横8文字で同じだが、重りの動く向きが互いに逆向きである。左図では横8文字の交点での重りの運動は斜め下から斜め上に向かって動き、右図では斜め上から斜め下に向かって動く。つまり左右の図には、upとdownの区別が存在する。今後の議論では左図をup運動(U運動)、右図をdown運動(D運動)と呼んで二つの横8文字運動を区別することにしよう。
U運動もD運動も短い時間スパンで見れば、どちらも閉じた周期運動のように見える。しかし、長い時間スパンで見れば、その形が変化する。U運動は横幅が伸びながら縦幅が縮まっていく。それに対しD運動は横幅が縮まりながら縦幅が伸びていく、U運動もD運動も、次の図4に示すように長い周期運動の一部分であることが分かる。
縦振動から始まった重りの運動はU運動になり、横8の字の形状を変えながら横振動になる。その後、D運動になり、今度は横幅が縮み縦幅が伸びて縦振動に戻る。あとは同じ周期運動を繰り返す。
3.位相の反転
重りの運動がU運動からD運動に変わる瞬間、横振動の位相は変わらないが、縦振動は0になり、その前後で縦振動の位相が180度変化する。逆にD運動からU運動に変わる瞬間も、今度は横振動が0になりその位相が前後で180度変化する。つまり縦振動も横振動も振動が0になったとき、その位相が反転し、重りの運動にU運動とD運動との入れ替わりが起こる。
位相の反転は、図5のような長さの等しい二つの振り子AとBからなる連成振り子でも起きる。Aを静止させたままで、Bだけを振らせると、AもBに位相が90度遅れて振れだす。AはBからエネルギーを受け取り増幅し、Bはエネルギー失いながら減衰する。Bの振幅が0になったとき、Aの振幅は最大になり、Bの位相が180度反転し、Bの位相はAより90度遅れることになり、今度はAがBに仕事をしながら運動することになり、今度はAは減衰し、Bが増幅することになる。これを繰り返す。
連成振り子では、AとBの二つの振り子が仕事をする側と仕事をされる側の役目が位相が反転することによって、エネルギーの移動も反転している。ただし、、初期条件として、連成振動を同位相で振らせる場合、または逆位相で振らせる場合はエネルギーの移動は起きらず位相の反転もない。同位相の振動と逆位相の振動が連成振動の二つの固有運動になる。
次の図6は日本物理教育学会の表紙の図であるが、運動パターンの変化の際の位相の反転を如実に示している。
位相の反転という点ではバネ付き振り子と連成振り子とは似ているが、連成振り子が二つの質点の運動であり、質点の運動の間にエネルギーのやり取りがあるのに対し、バネ付き振り子は保存場のなかでの一つの質点の運動である。
4.ブランコ
バネ付き振り子のバネと重りのかわりに人に置き換えると、次の図6のように、ブランコの運動になる。ブランコではエネルギーが常に人の筋力から補給され、そのエネルギーが人の変形運動のエネルギーになり、さらに、人も含めたブランコの重心運動のエネルギーとなる。人がブランコに乗って上下運動運動することによって人の重心はU運動を描き、ブランコの揺れは大きくなる。ブランコを吊るしている鎖の張力は1周期の間に重心運動に仕事をするからである。このとき、張力はエネルギーを生み出さないので人の屈伸運動に負の仕事をする。ブランコの振れを減衰させるには、人は重心をD運動させればよい。
図6の学会誌「物理教育」の表紙には「中学・高校・大学をつなぐ物理教育」とある。高校教科書に定義されている仕事は、質点に限定した仕事ではなく、物体の重心運動対する仕事の定義である。鎖の張力はその作用点が動かないが、重心運動に対して仕事をする。それを否定しては運動間のエネルギーの移動を説明できなくなり、大学の力学につながらない。鎖の張力はエネルギーを生み出さないが、人の変形運動に負の仕事をすることによって重心運動に正の仕事をすることができる。
コメント