1.はじめに
図1のようにバネと重りと糸で振り子をつくり、固定点からぶら下げる。釣り合って静止した状態に上下振動を与えたとき、上下振動が安定に持続するとは限らず、糸の長さによっては横揺れが生じる場合がある。

糸の長さをある長さに調節し、重りに上下振動を与えると、最初は上下振動だけだが、しばらくすると、重りに横揺れが生じる。バネ付き振り子はバネと重りがあれば、簡単に作れ、その運動は、一見、連成振動に似ているが、重りの運動を注意深く観察すると、通常の連成振り子に比べて、複雑な運動をしていることが分かる。
2.実験事実
まず、バネ付き振り子の重りがどのような運動をするか、youtubeの「こま実験小僧」氏の動画をよく見ると分かる。動画では横揺れの振動面が最初から固定されているが、図1のように、静止状態では鉛直軸のまわりに回転対称である場合には横振動の振動面はあらかじめ決まっていない。その違いはあるが、どちらのバネ付き振り子も面内に横揺れが生じるとそれが増幅し、逆に縦振動は減衰する。縦振動がなくなった途端、今度は横揺れは減衰に転じ、かわりに縦振動が生じて、それが増幅する。縦振動のみになると、再び横揺れが生じるが、その振動面は、図1のバネ付き振り子では、最初に横揺れが生じたときの振動面とは無関係のようである。横揺れの振動面が固定されていても固定されていなくても、バネ付き振り子の重りの運動は、次の図2の左図のバネ振動と右図の振り子振動との間を交互に行き来している。

ここで、再度、前述の動画を見て頂きたい。縦振動から横振動に移る途中、あるいは逆に横振動から縦振動に移る途中では、重りは横8文字の運動をしているが、よくよく観察すると、重りが描く横8文字運動には、二種類が存在することが分かる。

図3の左右の二つの図では、重りの運動の軌跡だけをみれば同じだが、運動の向きが互いに逆向きである。左図では横8文字の交点での重りの運動は斜め下から斜め上向きだが、右図では上から下向きである。つまり左右の図には、upとdownの区別が存在する。動画の観察から、重りの運動が縦振動から横振動に移行する過程では重りの運動は左図のようにupだが、逆に横振動から縦振動への移行過程では右図のようにdownであることが分かる。
今後の説明のため、便宜上、図3の左図をU運動、右図をD運動と呼んで区別することにしよう。U運動もD運動も短い時間スパンで見れば、どちらも閉じた運動ではなく、そのパターンが変化するが、長い時間スパンで見れば、次の図4に示すように長い周期運動の一部分であることが分かる。

縦振動から始まった重りの運動はU運動になり、その横幅が伸び、縦幅は縮んでやがて横振動になる。その後、D運動になり、今度は横幅が縮み縦幅が伸びて縦振動に戻る。あとは同じ周期運動を繰り返す。
3.位相の反転
重りの運動がU運動からD運動に変わる瞬間、横振動の位相は変わらないが、縦振動は0になり、その前後で縦振動の位相が180度変化する。逆にD運動からU運動に変わる瞬間も、今度は横振動が0になりその位相が前後で180度変化する。つまり縦振動も横振動も振動が0になった瞬間、その位相が反転し、減衰振動から増幅振動に転じる。次の図5は日本物理教育学会の表紙の絵であるが、運動パターンの変化の際の位相の反転を如実に示している。

図5は二つの振動y1とy2 は振動が僅かに異なる同一方向の振動の合成である。しかし、バネ付き振り子では二つの振動方向が直交しているだけでなく二つの振動の振動数の比が1:2から僅かにずれている二つの振動の合成である。
4.連成振動との違い
通常の連成振動は図6のように、バネと重りでつくられた二つの振動子が中央の弱いバネで連動している。重りAとBが同位相で振動する場合は中央のバネは伸び縮みしないので、二つ重りの運動に力を及ぼさない。AとBが逆位相で振動する場合は二つのおもりの振動数は僅かに大きくなる。同位相の振動と逆位相の振動が系の固有振動である。系の一般の振動はふたつの固有振動の重ね合わせとして表される。

二つのおもりが釣り合って静止している状態から重りAに速度を与えると、位相が90°遅れてBの重りが振れだす。AはBを引っ張りながら振動するので、AからBに振動にエネルギーが移動し、Aの振動は減衰しはじめ、Bの振動の振幅が次第に大きくなる。二つの振動の大きさが逆転してもAからBにエネルギーが移動するが、Aの振動が0になった瞬間Aの位相が反転し、Bの位相がAの位相に90°先行する、今度はエネルギーがBからAに移動し、Aが増幅し、Bが減衰し始める。

図7のような二つの振り子からなる連成振り子でも図6と同じことが起こる。図7の場合も二つの振り子が同位相で前後に振れる振動と逆位相で振れる振動が固有振動である。逆位相のほうが僅かに振動数が大きいため、片方の振り子だけを振らしたとき、AB二つの振り子の間でエネルギの移動が交互に生じる。→ 連成振動(改訂版)
しかし、バネ付き振り子の運動は単一の重りの運動であり、図6や図7の連成振動に似ているが異なる振動である。

バネ付き振り子の重りに働く力は、図8に示すように、重力とバネから受ける力である。重力は保存力であり、バネから受ける力は支点0から重りの位置までの長さrだけで決まる中心力であるから、それも保存力である。図6や図7が二つの重りの運動が連動した複合運動であるのに対し図8の運動は、バネの質量を無視すれば、保存場のなかの一つの重りの単一運動である。
バネ付き振り子において、バネと重りを人に置き換えると、次の図9のように、ブランコの運動になる。バネは質慮を持たないとしているので、バネ付き振り子は重りの単一運動であり、摩擦によるエネルギーの散逸がなければ、系の力学的エネルギー、つまり、バネの位置エネルギーと重力場の位置エネルギーと重りの運動エネルギーの和が保存される。しかし、ブランコではエネルギーが人の筋力から補給され、人には質量があり、人の変形運動と、人も含めたブランコの重心運動とからなる複合運動になる。

ブランコを振らせるときも図9のように、重心の軌道は円弧ではなく横8文字運動を描くので、張力と重心の変位とは直交しないので、鎖の張力は重心運動に仕事をすることができる。重心が0から遠ざかるとき、張力は負の仕事をし、重心が0に近づくとき正の仕事をする。張力の大きさは後者の場合が強いので張力は重心運動に差し引き正の仕事をする。その仕事は張力が人の変形運動にする負の仕事によって保障されている。つまり、1周期の間では、ブランコに乗った人はその筋力で変形運動をする。ブランコを吊るしている鎖の張力は人の変形運動に負の仕事をすると同時に人の重心運動に正の仕事をする。
バネ付き振り子ではエネルギーが保存され、長周期の周期運動であるが、ブランコでは系内でエネルギーが創り出されている。エネルギーを生み出しているのは人の筋力であり、鎖の張力は力学的エネルギーを生み出すことはできないが、人の変形運動と重心運動とに、それぞれ、負と正の仕事をすることによって、人の変形運動のエネルギーを重心運動に伝える役目をしている。→複合運動における抗力の役割
5.おわりに
連成振動もバネ付き振り子もブランコもその運動形態は異なっているが、共通点はいずれもニュートンの運動法則によつて運動しているという点であり、運動法則から説明できないPseudoworkなどは存在しない。抗力は仕事をしないとする固定観念が、物体一般の重心運動に対するreal workを、妖怪のする仕事だと見誤らせただけである。→ 妖怪に牛耳られた力学教育
ブランコではエネルギー源は系内部に存在し、連成振動もバネ付き振り子も、最初に運動を起こすとき以外は、外部からの力学的エネルギーの流入はない。理化学辞典に定義されている仕事は外部の動力源が系になした仕事であり、その仕事だけが唯一の仕事ではない。
図5の学会誌「物理教育」の表紙には「中学・高校・大学をつなぐ物理教育」とあるが、高校教科書に定義されている仕事を捻じ曲げて解釈し、物体一般に対する仕事でなく、質点に限定した仕事だとしては、複合運動における運動間のエネルギーの移動を説明できなくなり、大学の力学につながらない。高校教科書に定義されている仕事は、質点に限定された仕事ではなく、物体一般に対する仕事である。ただし、物体の重心運動に対する仕事である。
仕事は力学において極めて重要な概念であり、充分議論を尽くすべきであるが、そのようなとき、物理教育学会の理事会が今年の5月限りで物理教育のメーリングリストを廃止した。担当理事の負担が大きいという理由ならやむを得ないが、「つながりの物理教育」を標榜するだけでは、その本気度を疑いたくなる。
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