鎖の噴水

鎖の水平運動

図1 鎖の水平運動

 線密度ρの長い鎖が、摩擦の無視できる水平な台上の原点(x=0)に、最初、一塊になって置かれ、その鎖の一端Aに力Fを加え、A点を一定の速さvで動かし、時刻tが経過したとき、A点のx座標がxになったとする。時刻tにおける鎖の運動量はρvxt+dtにおける運動量はρv(x+dx)だから、その間に増えた運動量はρvdxでり、それが力積Fdtに等しいので、F=ρv2……(1)となる。Fは一定だから、時間が0からtまでの間に、力の作用点Aはxだけ移動するので、Fが鎖にした仕事はWρv2xである。しかし、その間に鎖が得た運動量は、Ft=ρv2 t =ρvxであるから、鎖の運動エネルギーは、Kρv2x/2となる。仕事の半分だけが運動エネルギーになり、残り半分は鎖の非弾性衝突により熱となって失われている。

鎖の垂直運動

 図2 鎖の垂直運動

 次に鎖の一端Aを今度は垂直に一定速度vで引き上げてみよう。A点をdt時間に、yからy+dyまで引き上げたとき、鎖の運動量の変化はρvdyであり、それが鎖に働く力の力積、(Fρgy)dtに等しいので、Fρgy+ρv2……(2)となる。A点を高さHまで引き上げるための仕事Wは、(2)式をyで、0からHまで積分して、WρgH/2+ρv2 Hとなる。右辺第1項は鎖の位置エネルギーであるが、このときの運動エネルギーは、ρv2 H/2であるから、垂直に引き上げる場合も仕事として供給されたエネルギーのうち、ρv2 H/2だけのエネルギーが熱エネルギーが失われている。単位時間当たりではρv/2が失われる。

 台上に一塊になっている鎖に外部の動力源が仕事をするとき、鎖の一端を水平に引っ張っても、垂直に引き上げても、台上の塊がなくならない限り、鎖が得る運動エネルギーと同じだけのエネルギーが鎖内部の非弾性衝突によつて熱エネルギーになって失われる。鎖をゆっくり引き上げる場合、つまり、準静的に引き上げる場合は、運動エネルギーが生じないので、衝突は起きず、エネルギーの損失は0である。その場合は、仕事によって得られたエネルギーは全て鎖の位置エネルギーになる。

 図1も図2の場合も、運動エネルギーが増加する分と同じ量だけ力学的エネルギーが失われるのは、非弾性衝突が起きているからだが、何と何とが衝突しているのだろうか。鎖を引き上げる時、静止していた鎖の粒が急に有限の速度を持つが、それが非弾性衝突と同じであることは次のように説明すると分かり易い。糸で結んだ物体1と物体2が、糸がたるんだ状態で摩擦のない台の上に静止しているとしよう。その状態から、物体2に速度を与えると、糸がたるんでいるので、最初は物体2だけ等速度運動するが、糸がピーンと張ると、そのあと、2つの物体は同じ速度を持つ。これは台の上に静止していた物体1に物体2が衝突し、衝突後、両者が一体となって運動する非弾性衝突と同じである。

鎖の定常的落下

   図3 鎖の落下

 図3のように充分長い鎖が高さHの机の端から滑り落ちるとき、最初と最後を除けば鎖の先端が床に達したあとは定常的な落下が実現できる。定常状態では、鎖は一定の速さで落下し、机の上と床で非弾性衝突が起きている。机上では静止している鎖の粒が有限な速度vを持つためであり、床では有限な速度vが0になるからである。それぞれの非弾性衝突によって単位時間当たり、ρv3/2の運動エネルギーが失われるので、全体として単位時間当たり、ρv3のエネルギーが失われている。一方、机の上の鎖の質量は単位時間当たり、ρvだけ絶えず減少するので、単位時間当たりρvgHだけの位置エネルギーが運動エネルギー変化し、さらに運動エネルギーが、机の上とB点とD点とで単位時間にρv3だけ熱になる。つまり、単位時間当たりの位置エネルギーの減少分が熱になるので、ρv3=ρvgHから、v2=gH…‥(3)となる。

(3)式から、v=√(gH)となる。また、鎖の全長をLとすれば、鎖が全て落下するまでの時間τは、LHより十分長ければ、τ=L/√(gH)と近似でき、実験結果とほぼ一致する。

鎖の噴水

     図4 鎖の噴水

 図3の状態は落差Hが増すとvが大きくなり不安定となる。鎖が水平運動から垂直落下する際、コーナーを滑るスピードスケートの選手のように大きな遠心力を受けるからである。この場合、右斜め上方の遠心力を受ける。その結果、図4のように鎖が机の高さより高くなる鎖の噴水現象が実現すると考えられる。

 机の上を等速運動してきた一つの質点が机から滑り落ちる場合には、曲線部で机より高く上がることはない。曲線部で質点は落下した分、加速され、その分の位置エネルギーが落下する運動エネルギーになるからである。しかし、鎖の場合には机の上で非弾性衝突によって、鎖の速度はいつもどこでも一定に保たれ、曲線部にでの位置エネルギーの減少が運動エネルギーにスムーズに転嫁できないからと考えられる。交通規制を受け、渋滞した高速道路を避けて一旦一般道路に降りるようなものである。鎖の場合も水平な机の上に直線状に配置した状態から、その一端を机の端から落下させれば、非弾性衝突が起きないので、交通規制はなく、噴水現象も生じず、鎖は最初はゆっくりと、しかし、時間的に速さを増しながら落ちていくだろう。

補遺:鎖の噴水 につづく。

 

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