続・Pseudowork批判

 アメリカで発表された論文[Pseedowork and real work (Am.J.Phys.51(7),July1983]、これをpseudowork論文と呼ぶことにしよう。その598 頁に、fig.1とともに、CM式とWE式と称する二つの式が記載されている。

Fig.1

 ここで、dCMは円筒の重心の変位であり、vCMは重心の速度である。fは円筒が斜面から受ける抗力の斜面に平行上向き成分である。CM式とはcenter of mass equationであり、WE式は、work-energy equationであるという。Pseudowork論文の主張によれば、CM式もWE式も、どちらも正しいが、CM式は左辺に作用点の動かない力fを含むので真の仕事ではなく、pseudoworkであり、WE式がreal workであるという。

 Pseudowork論文は、MC式とWE式を基に議論を進めているが、力学では、基礎方程式は運動方程式である。CM式もWE式も確かに正しい式ではあるが、運動方程式を飛び越えて、この二つの式から議論を始めると、運動方程式の持つ情報が隠されてしまう。例えばなぜ、重心運動のエネルギーは、質量と速度の2乗の積の半分になるのか、また、回転の運動エネルギーも、なぜ、慣性モーメントと角速度によって同様に表されるかはCM式とWE式からは分からない。それを明確にするには運動方程式まで遡らなければならない。

 円筒の運動を並進運動と回転運動に分解すると、前者および後者の運動方程式は、次の(1)式および(2)式で表される。

 (1)式の両辺を重心の座標で、基準点からdCMまで積分すれば、次の(3)式が導かれ、また、回転運動にする仕事は、力のモーメントと回転した角度の積であるから、(2)式を円筒の回転角で積分すれば、(4)式が導かれる。

 (3)式はpseudowork論文のCM式と同じである。ここまでは何の問題もないはずだが、(3)式は抗力fを含むから、pseudoworkだと言うなら、(4)式も同じ理由でpseudoworkだろうか。本来一組の式である(3)式と(4)式は、組み替えした一組の式CM式とWE式にない情報を与えてくれる。つまり、運動方程式を普通に解けば、抗力fが並進運動に負の仕事をして同時に回転運動に正の仕事をしていることを明確に教えてくれる。fは回転運動に仕事をするときのエネルギーを斜面から受け取っているのではなく、並進運動に負の仕事をすることによって、並進運動から、受け取っている。

 (3)式と(4)式を加えると、WE式になるが、(3)、(4)及びWEの三つの式は独立ではなく、そのうち、二つが独立である。Pseudowork論文のように、CM式、つまり(3)式と、WE式からスタートすると、抗力fは(3)式にしか登場せず、fは並進運動のみに仕事をするかのように錯覚してしまうが、fは同時に回転運動に仕事をしていることを忘れてはならない。WE式から(3)式を引くと、fが回転運動にする仕事(4)式が現れる。初めから運動方程式に従って議論を進めれば、幽霊まがいのPseudoworkなどが現れる余地はない。

 抗力は作用点が動かないので、系にエネルギーを供給することはできないが、抗力が仕事をする場合は、必ず、正負一対の仕事をする。40年前の論文にしがみつき、抗力の仕事を否定すれば、並進運動から回転運動へのエネルギーの伝達が説明できない。抗力は系に正味の仕事をすることはできないが、並進運動とそれ以外の運動とに、絶対値が同じで符号の異なる正と負の仕事を同時にすることによって、両者の間でのエネルギー伝達の役目をしている。これは、車や自転車が道路を走る場合の道路から受ける抗力や、ボルタリングで人が壁から受ける抗力も同じである。

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