大学院入試過去問より
問題
図1のように半径a 、質量M の一様な円柱に、円柱の中心軸から距離b の位置に質量m の大きさが無視できる重りを張り付けた物体を考える。物体を水平な床の上に置き、重りが床にもっとも近くなる位置にあるときを基準とする。床に沿ってx 軸をとり、物体はx 軸に沿ってころがるとする。なお、円柱は床の上をすべらないものとし、重力加速度をg とする。物体の運動について以下の問に答えよ。問1.この物体の持つ、円柱の中心軸のまわりの慣性モーメントIを求めよ。
問2.物体が基準の位置から角度θだけ回転した時のポテンシャルエネルギーを求めよ。ただし、基準の位置にあるときのポテンシャルエネルギーを0とする。
問3.物体が基準の位置から、角度θ だけ回転した時の物体の運動エネルギーを、角度および角速度の関数として表わせ。
問4.基準の位置に静止している物体に一定の角速度を与えてx方向にころがす。物体がx方向にころがり続けるためには、与える角速度はどのような条件を満たさなければならないか。
問5.基準の位置から物体を少し回転させた状態で静止させ、静かに手を放すと、物体は振動を始める。振動の振幅は微小であるとして、振動の角振動数ωを求めよ。
この問題は、一見、難しそうだが、問1~5の順に解いていけば、さほど難しくはない。
解答
1.円柱の中心軸の周りの、物体の慣性モーメント は円柱のみの慣性モーメントと重りの慣性モーメントの和であるから、2.この場合、物体のポテンシャルエネルギーUは重りの高さのみで決まり、となる。
3.物体の運動エネルギーKは、円柱の並進運動のエネルギーK0と円柱の中心軸の周りの回転運動のエネルギーK´、および、重りの運動エネルギーk の和である。つまり、ここで、である。さらに、重りの運動エネルギーkは重りの速度のx成分およびy成分を用いて次のように表わすことができる。次に、重りの速度のx、y成分を角度θとその時間微分で表してみよう。重りの速度は円柱の中心軸の速度と、中心軸の周りの重りの回転速度の和であるから、図2より、(7)と(8)を(6)に代入すると、となり、円柱と重りからなる物体の運動エネルギーはとなる。
4.初期条件より、UおよびKの初期値はとなる。ここで、θドットゼロは初期条件として与えられた角速度の初期値である。初期における力学的エネルギー がその後も保存されるので、となる。角度が一般にθ のとき、エネルギー保存則から、であるが、物体が転がり続けるためには(12)式の左辺は常に正、つまり、U が最大になったときも右辺の値は正でなければならない。Uが最大となるのは、θ=πのときであるから、物体が転がり続ける条件はである。
5.(2)式と(10)式から、ラグラジュアン はとなるので、これをオイラーの方程式(ラグランジュの方程式とも呼ぶ)に代入すればよい。よって(14)式からとなる。微小振動であるから、2次以上の微小量を無視すると、これは単振動の方程式であり、その角振動数ωはとなり、この問題は完全に解けたことになる。
初等力学による解法
最後の問5を、解析力学を用いないで初等力学で解こうとするとどうなるだろうか。
一般に剛体の運動は、重心の運動方程式と、重心は静止しているとした場合の、重心の周りの回転の運動方程式によって解くことができる。
物体には図3のように、円柱軸oに円柱の重力Mg、重りの位置P点に重りの重力mg、床との接点に垂直抗力と水平抗力が働く。基準の位置における床との接点を原点とし、座標のy軸を鉛直上向きに選ぶ。基準状態から微少振動させ、円柱が右回りに角度θだけ回転したとき、円柱軸oの座標を(xo,yo)、重りの位置の座標を(xp,yp)とすると、
となる。また、物体の重心を Gとして、その座標を(xG,yG) とすると、oGの長さはmb/(M+m) であるから、(17)および(18)を時間で2回微分すると重心の運動方程式はとなる。
次に重心の周りの回転の運動方程式を求めなければならないので、まず、重心の周りの物体の慣性モーメントIG を求めよう。となり、回転の運動方程式はとなる。(19)~(24)の6式から、IGおよび、四つの変数、xp、yp、xG、yGを消去し、変数をθ のみにし、さらに2次以上の微小量を無視すると、多分、(16)式に辿りつけよう。しかし、かなり煩雑になるので、途中で計算間違いをする危険性がある。それが解析力学を用いると、あまり、労力を使わずに、簡単に振動の方程式が導かれる。オイラー方程式(15)の有り難い御利益である。
理科教材への応用
この問題を小中学生の理科教材に使えないだろうか。もちろん計算させるのは無理だが実験教材としてなら、面白い。ここでは重りがついた円柱のころがり運動だが、例えばテニスボールの空き缶とマグネットがあれば、缶の内壁にマグネットを付けて代用しても、本質的な点は変わらない。
空き缶に何もつけないで水平な床の上を転がせば、缶は一様に転がるが、缶の内壁の一箇所にマグネットの重りを付けると、軸対称が破れ、速さが周期的に変動しながら転がる。しかし、同じ質量の二つの重りを、互いに反対側になるように内壁に取り付けると、軸対称は破れているが、この場合はポテンシャルが回転角θに依存しないので一様に転がる。
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