人と太陽

どちらが熱いか?
 人が太陽より熱いなら、イカロスの羽根の蝋は、太陽の熱で溶けるまえにイカロスの体温で溶けたはずである。人間の体温は絶対温度で310K、太陽の表面温度は約6000Kであり、圧倒的に太陽のほうが熱いが、太陽などの恒星の表面温度やその放熱量はどのようにして分かるのだろうか。
 量子統計から導かれるプランクの式は、ある温度の物体が放出する光の、その波長に対するエネルギー分布を与える。これから、物体が放出する光のうち、最大強度となる光の波長は物体の温度に反比例するというウィーンの遷移則と、単位面積から放射されるエネルギーは温度の4乗に比例するというステファン・ボルツマンの法則が導かれる。
 太陽光のスペクトルを観測すれば、ウィーンの遷移則から太陽の表面温度が分かるが、この方法は他の恒星の表面温度を測るのにも用いることが出来る。青い光、つまり波長の短い光を出している星は高温の星であり、赤い光を出している星は比較的低温の星ということになる。
 恒星が自ら光を出して輝いているのに対し、惑星は太陽光を反射して輝いているのだが、惑星も、反射光以外に、その表面温度に相当する光を放射している。さらに、人間の場合にも、体温に相当する放射を出している。しかし、惑星も人間の場合も温度が低いため、放射は可視光線ではなく、波長の長い電磁波、つまり、赤外線となる。そのため、惑星や人体からの放射は熱放射と呼ばれる。人体からの放射を赤外線カメラで測定すれば、人体表面の温度分布も分かる。
 太陽の表面温度が分かると、ステファン・ボルツマンの法則から、太陽からの総放射量も計算できる。太陽は一秒間に3.85×1026Jという膨大なエネルギーを宇宙空間に放出し続けている。つまり、太陽は6000Kの熱源であり、3.85×1026Wの巨大な電熱器に譬えることができよう。
太陽をめざしたイカロスが、クレタ島に墜落することなく、もし、太陽まで辿り着いていたとしても、イカロスの体は高熱で蒸発して跡形も残らなかっただろう。しかし、それでも見方によっては、太陽は人より遥かに冷たいとも考えられる。
質量欠損
 水素2モルと酸素1モルが化学反応すると、水2モルができる。水素、酸素、水の、各1モルの質量は、それぞれ、2グラム、32グラム、18グラムだから、水素2モルと酸素1モルの質量の和は、水2モルの質量に等しい。しかし、厳密に言えば、化学反応する前の水素と酸素の質量の和と、生成物の水の質量とは等しくない。この反応では反応熱が生じるので、同じ温度で比較すれば、出来た水の質量は、もとの水素と酸素の質量の和より僅かながら小さくなっている。つまり、放出される反応熱の分だけ、軽くなっているのである。
 アインシュタインの相対性理論によると、物体がエネルギーを放出すれば、放出したエネルギーの量を光速の2乗で割った量だけ質量が失われる。これを質量欠損という。しかし、水素が燃焼する場合、質量欠損は、生成した水の質量の10-10程度と極めて小さく、一般に化学反応での質量欠損は無視できよう。
 太陽は内部での核融合反応によって創られたエネルギーを放出しているが、それをアインシュタインの式を用いて質量に換算すれば、太陽は1秒間に430万トンもの放射エネルギーを宇宙空間に放出していることになる。このように、太陽の輻射エネルギーは膨大であるが、太陽の質量は、2×1030㎏もあるので、太陽が今後50億年間、現在と同じ強さのエネルギーを放出し続けたとしても、その間の質量欠損は太陽質量の0.03%にしかならない。
 ファットマンと呼ばれた長崎に落とされたプルトニウム爆弾の規模は20kトン級と言われている。これは爆発で放出されたエネルギーがTNT火薬20kトン分に等しいということだが、一瞬にして十数万人の死傷者を出した原爆の発する凄まじいエネルギーさえも、質量欠損として表せば、1g程度にしかならない。つまり、太陽の1秒間のエネルギー放射量は長崎型原爆4兆個に相当する。その太陽がどんな見方をすれば人より冷たいと言えるのだろうか。
放熱量
 人と太陽の放熱量をいろんな見方から比較してみよう。人間一人の栄養摂取量は一日2000kcalであるが、これを24時間で熱として体外に放出しているので、人間はだいたい100Wの電熱器と同じ量の熱を放出している。太陽の発熱量は人間一人の発熱量の約1024倍にもなり、人と太陽の発熱量は、総量では、勿論、比較にならない。
 人と太陽を単位表面積当りの放熱量で比較してみよう。太陽の半径は70万㎞であるから、その表面積は6×1015平方メートルとなり、太陽の単位表面積当りの放熱量は、1平方メートル当たり、7×10Wとなる。一方、人間の体の表面積は2平方メートル程度であるから、一平方メートル当たりの人間の放熱量は50W程度である。単位表面積当りの放熱量で比べれば、人と太陽とでその差が縮まるが、それでも太陽は人間の約100万倍の熱を放出している。
 次に両者の単位質量当たりの放熱量を比較したらどうなるだろうか。核融合によってエネルギーを発生しているのは太陽の中心部のみであり、そこで発生したエネルギーは10万年かかつて太陽表面に達し、そのあと光速で宇宙空間に放出されているが、太陽の1kg当たりの放熱量は2×10-4Wと極めて小さくなる。一方、人の体重を60㎏とすると、人間の体1kgが放出する熱量は1.7Wとなり、同じ質量では、人間の発熱量は太陽の約1万倍となり、我々は太陽より熱いと言えなくもない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました