独楽の教訓

身を立て、名を揚げ
 軸を少し傾けて、独楽を床の上でまわしてみよう。初め独楽は床の上を激しく動きまわるが、次第にその軸は起き上がり、やがて床の一点で直立し、静止したかのようにしてまわる。しばらくこの状態が続くが、突然、独楽は首を振り出す。そうなると独楽の運動は長くは続かず倒れてしまう。
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 このような独楽の運動は人の一生にも似て興味深い。人も若い頃、身を削るように、あくせくと働く。やがて、その努力が認められ、社会的地位もある程度上がり、生活も落ち着いてくる。しかし、平穏な日々の中にも死は確実に忍び寄ってくる。若い頃の無理が祟ったのか、少し体調を壊しただけなのに、あっけない最後がやってくる。
ジャイロ効果
 独楽の運動は面白いが、その原理を理解するのは簡単なことではない。独楽が倒れない理由を小学生には無理としても、せめて中学生に直感的に理解させるにはどのように説明すればよいだろうか。
CCI20130401_00003 独楽は床の上を動き回るので、独楽の重心も動くが、重心を固定して考えてみよう。左図のように、上から見て左まわりに回転している独楽の軸が手前に傾いている瞬間を考える。
 この瞬間の独楽の点Pの速度はベクトルAで表される。独楽に働く重力と床からの抗力は独楽の軸をさらに手前に傾けようとするので、P点には下向きの加速度が生じる。つまり、P点の運動に下向きの速度Bが加わろうとし、P点の速度はAから斜め下向きの速度Cになろうとする。
 速度の向きと回転軸の向きは垂直であるから、P点の速度がCの方向に向くには、独楽の軸は手前に傾くのではなく、右方向に傾かなければならない。そのため、独楽の軸の向きは変わるが、鉛直方向からの軸の傾きの角度は一定に保たれ、独楽は倒れない。
 一般に回転している物体に角運動量の向きを変えようとする力が働くと、力が変えようとする向きとは直角のほうに角運動量の向きが変わる。ここで角運動量の向きとは、右ねじを物体の回転方向に回したとき、ねじの進む向きである。
 左手の親指、人差し指、中指を互いに直交させ、物体の角運動量の向きに人差し指を向けておこう。何らかの力が働き、角運動量のベクトルの先端を親指方向に変えようとすると、角運動量の先端は親指方向でなく、中指の方向に変わる。これをジャイロ効果という。
CCI20130401_00004 ジャイロ効果によって、独楽は歳差運動(味噌擂り運動)をして倒れないのだが、歳差運動をしている独楽が次第に立ち上がるのもジャイロ効果のためである。
 独楽には重力と床からの抗力のほかに、床からの摩擦力も働いている。図のように独楽の軸が左に傾いている瞬間での、軸と床の接点を考えよう。この瞬間、独楽の軸の、床との接点は床に対して手前に滑っているので、独楽の軸の接点には、床からの摩擦力は向こう向きに働く。これは角運動量の先端を手前向きに向けようとする力である。
 左手の人差し指を独楽の角運動量の方向に向け、親指を手前に向けると、中指は右方向に向く。つまり、摩擦力が軸を手前向きにかえようとするので軸は右方向に変わり、鉛直軸との傾きが小さくなる。
 独楽が立ち上がるのも、摩擦力によるジャイロ効果であるが、独楽の芯が太いほど、摩擦力も大きいので、独楽が立ち上がるのも早くなる。独楽の芯が鋭く尖った独楽はなかなか立ち上がらないが、摩擦力が小さいので独楽の回転は長く維持される。
 直立して回っている独楽も次第に回転が遅くなると独楽は倒れようとする。しかし、独楽の軸が傾くと、独楽の軸の床との接点が中心線から離れるので、独楽を起こそうとするトルクが大きくなり、独楽は持ち直し再び立ち上がる。しかし、独楽の回転はさらに遅くなっているからすぐにまた傾く。この首振り運動を何度か繰り返した後、独楽は力尽きて倒れる。最後のあがきにも似たこの首振り運動を独楽の章動と呼ぶ。
 床との摩擦の効果は逆立ち独楽において著しい。はじめに軸をつまんで球形の部分を下にして回転させると、床との摩擦によりたちまち重心が上がり、逆立ちをしながら回転する。また、ゆで卵を横にして回転させると、床との摩擦により、重心は高くなり、卵は尖ったほうを下にして回転する。
 ジャイロ効果はプロペラ飛行機でも見られる。操縦席から見てプロペラが右回りに回転している単発のプロペラ飛行機では飛行機が右旋回しようとすると、プロペラに働くジャイロ効果のため機首が下がり、左旋回の場合は機首があがろうとする。
 昔のYS-11などの双発のプロペラ機では、左右の翼についたプロペラが互いに逆向きに回れば、左右対称となり、そのほうが、一見、良さそうに思えるが、意外なことに、左右の翼のプロペラは同じ向きに回っている。
 左右のプロペラの回転の向きを逆向きにすると、左右の互換性がなくなり、エンジンもプロペラも二種類作らなければならず、生産コストが高くなる。さらに、逆向きだと、飛行機が旋回するたびに、ジャイロ効果によって左右のプロペラの回転軸が互いに上下逆の方向を向こうとするため、翼にねじりの力が働くことになる。ジェット機でも、ジェットエンジン内のタービンが回転しているが、その回転の向きも左右の翼のどのエンジンでも同じである。
地球の歳差運動
 地球の自転軸は公転面に垂直ではなく、約23.4度傾いている。そのために、地球には四季の変化があるのだが、さらに、地球の形状は完全な球ではなく、南北方向にわずかに押しつぶされた扁平な形をしている。
CCI20130401_00005 太陽は、当然、地球の公転面上に存在するが、太陽系の他の天体も、ほぼ地球の公転面上に分布しているので、それらは、扁平な地球に起潮力を及ぼし、それは地球の自転軸を起こそうとするトルクとして作用する。そのため、地球は独楽のような歳差運動をしている。つまり、地球の自転軸は、公転面に垂直な軸と23.4度を保ったままで、その向きが変化している。その周期は2万6千年である。
 現在、地球の自転軸は北極星のほうを向いているが、この歳差運動のため、地球の自転軸の向きは、北極星の方向から徐々にずれていき、2万6千年後に再び北極星の方向を向くことになる。
回帰線
 世界地図を広げてみよう。赤道と平行に、台湾を通過する北回帰線が書き込まれている。その緯度は北緯23度26分であり、これは地球の自転軸の傾き角に等しい。地上から、南中時の太陽の高度を見ると、夏至のときが最大となるが、日本の場合、天中に位置した太陽を見ることはできない。北回帰線は天中の太陽を見ることのできる北限でもある。
 北回帰線のことを英語ではtropic of Cancer という。Cancerはかに座のことであるが、春分に赤道の真上にいた太陽は次第に北上し、かに座の季節、つまり夏至に北回帰線上にくると、南下しはじめ、秋分に赤道上を通過し南半球に移り、南緯23度26分にある南回帰線まで下がる。太陽が南回帰線上にきたときが冬至であり、南回帰線はtropic of Capricorn と呼ばれる。Capricornはやぎ座のことである。
 地球の赤道面が公転面と約23.4度傾いているため、太陽は南北二つの回帰線の間を一年間に往復しているのである。Tropicは変化を意味する語であるが、南北二つの回帰線に挟まれた部分が熱帯地方であることから熱帯という意味をもったのである。
 太陽は1年の間に両回帰線の間を往復するので、太陽が北半球に居る日数と南半球に居る日数は同じように思えるが、実際には異なる 。カレンダーで、春分から秋分までの日数を数えると186日ほどになるが、秋分から次の年の春分までは179日ほどにしかならない。太陽は、一年のうち、南半球よりも北半球で一週間ほど長く過ごしていることになる。これは地球の軌道が楕円軌道であり、地球が近日点を通過するとき、北半球は冬であることを示している。
 現在では、北半球の夏の方が冬よりも太陽は遠くにあるが、これから一万三千年ほどすると、地軸の歳差運動のため、地軸の向きが今とは変わり、近日点を通過するときが、北半球では夏となる。そのため、陸地の多い北半球では、現在よりも夏と冬の気温差が著しく増し、逆に海の多い南半球では夏に遠日点を通過することになり、夏と冬の気温差が緩和されると考えられる。
 地軸は、その向きが26000年の周期で変化しているが、現在23.4度である地軸の傾斜角も41000年の周期で、22度から24.5度の間で変化していると考えられている。さらに、地球軌道の離心率も周期的に変化している。これらの周期的変化と地軸の歳差運動は、地表の日射量を変化させ、地球気候に長期的な変動をもたらすと考えられる。
黄道十二宮
 地球の公転軌道面上に等角度で配置した十二個の星座のことを黄道十二宮という。例えば、かに座の季節、夏至では、かに座、太陽、地球が、この順にほぼ一直線上に並ぶことになり、地球からみると、太陽の向こう側に、かに座が位置することになる。もちろん星座は昼間には見えないので、かに座の季節の夜空に見える星座は、かに座でなく、太陽を挟んで、かに座とは反対側に位置するやぎ座ということになる。
IMG_0001_NEW          二千年前の地軸の傾きと星座       現在の地軸の傾きと星座
 しかし、黄道十二宮が創案されたのは古代オリエントの時代であり、今から2000年ほど前のことであるので、当時から現代までに地球の自転軸の向きは歳差運動のため変化し、星座と季節の関係は当時と約一ヶ月分のずれが生じてしまっている。そのため、現在では夏至のとき、太陽の位置にある星座は、かに座でなく、双子座であり、冬至のときの星座はいて座に変わっている。
星占い
 「おそまつ君」という六つ子の漫画がある。同じ日に生まれ、同じ遺伝子を受け継いで生まれ、さらに同じ環境で育った彼らも最初は皆同じような成長の過程を辿るかも知れないが時間の経過とともに、彼らの差は拡大していくであろう。同じ星のもとに生まれても、同じ人生を送るとは限らない。
 天体の運動が、現在の状態を知れば、過去も未来も計算によって分かるのに比べ、人生は予測不可能なカオスであり、人の運命を予測する手段はない。
 予測できないからこそ、人は占いなどに頼ろうとするのかも知れないが、人の運命を天体の運動と関係づけようとする星占いで用いられる星座表は2000年も前に作られたものである。それから現在までの間に、地球の歳差運動のため、季節と星座の関係にずれが生じている。
 星占いでは黄道十二宮の他に惑星の運動もとりいれているようだが、いずれにしても天体の運行と人の運命とが関係あるはずがない。最初は同じ保育園に入り、同じ小学校に通っていた六つ子も、やがて進路が分かれていき、それぞれ異なった六通りの人生を送るはずである。恋占いに胸ときめかす程度ならまだしも、人生の重要な岐路に際しては、何の根拠もない非科学的なものの類に惑わされることなく、自分で考え、自分で選んだ道を歩みたいものである。
おわりに
 「独楽は回っているから立っておれるのです。皆さんも一所懸命勉強して下さい。怠けて倒れるようなことがないように。」これは筆者が小学生のとき、朝礼で聞いた校長訓話である。ヤミ米、外米、配給という言葉が日常会話のなかに頻繁に登場していた戦後の食糧難の時代、当時、世の人々は、その日を生きぬくために必死で働き、日本は朝鮮戦争の特需を機に、敗戦の痛手から立ち直り、その後、神武景気、高度成長と、奇跡的な復興を成し遂げることになる。
 しかし、工業国となり豊かになったかつての農業国はやがて汗水流して働くことを忘れはじめ、「きつい」「汚い」「危険」の3Kなる言葉の流行とともに、一次産業、二次産業とすたれていき、かわりに3次産業やレジャー産業が幅をきかし、経済大国の地位を築くのだが、ついにはバブルがはじけ、今日の不況を招くことになる。あれから五十年以上がが過ぎた今、あのときの校長先生の訓話が思い出される。
       学校で学んだことを一切忘れてしまったときに
       なお残っているもの、それが教育だ
                 アルバート・アインシュタイン―

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